2007-01-01から1年間の記事一覧

『雪』より―雪をめぐる断章【8】

第19章 雪が、どれほどまでに美しく降っていることか!―革命の夜 より 雪が、どれほどまでに美しく降っていることか!どれほどに大粒で、どれほどに確固とし、決して降りやむことがないかのように、そしてひそやかに。 ゆったりとしたカラダー大通りは、膝…

『雪』より―雪をめぐる断章【7】

第15章 誰にも、人生で真に望むものがあるはずだ―国民劇場にて より ・・・かすかにオレンジ色がかった古ぼけた街灯の明りや、凍りついたショーウィンドウの裏側におかれた褪めたネオンの放つ光が、沙棗(スナナツメ)と鈴懸の樹の枝に積もった雪や、端の…

『雪』より―雪をめぐる断章【6】

第13章 無神論者と宗教論議はしません―雪のなかをカディフェと歩く より ふたりがまだ幼く、イスタンブールにいた頃、イペッキと一緒に雪がもっと降ってくれるよう願ったものだった。 雪はKaに、人生の美しさと儚さの感覚を目覚めさせ、どれほどの敵対行為…

『雪』より―雪をめぐる断章【5】

師走もとことん押しつまった。 本年最後の案件も、昨日、無事納品。 「ほそぼそ」ながら翻訳者としてスタートを切ることができ、少しずつながら受注量も増え、ほぼ満足のいく一年となった。 来年以降、もう少し大きな案件を手掛けることができるよう、弛まず…

『ロバの図書館』を読む(3)

ディミトリスの来訪 〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜 ギリシャはラリサの町を出たディミトリス・カツィカスは、ある暑い夏の日、アナトリアはウルギュップの町の中心で、アンカラから乗ったバスを降りた。緊張で体が震えている。説明しがたい感情で胸が一杯…

『ロバの図書館』を読む(2)

●ファキル・バイクルト(Fakir Baykurt) 本名タヒル・バイクルト(Tahir Baykurt)。1929年、ブルドゥル生まれ。ギョネン村教員養成学校*1を終えた後、村落教員として働き出す。1955年にガーズィ教育専門学校を終えてからは、スィワス、ハフィック、シャヴ…

『ロバの図書館』を読む(1)

今年の初めに購入したものだが、Türküといわれる民謡が何箇所も登場するため、訳出を諦めてしまった作品である。 1999年に亡くなったバイクルトが、病床で最期まで校正を続けた遺作。 カッパドキア地方の小都市ウルギュップで、「ロバの図書館屋」と呼ばれた…

『わたしの名は紅』より(9)

『イスタンブール』の既訳(ほんの一部だけだが)を検証した勢いで、『わたしの名は紅』から再び、問題の見つかった箇所を取り上げてみたい。 もし亡きエシニテやスルタンの望まれたようにヨーロッパの名人たちの模倣を始めれば、“優美”さんのような者たちや…

『イスタンブール』より(3)

Amazon「なか見!検索」ページからの引用は前回までで、今回は『イスタンブール』読者の方のサイトからお借りした。 http://f43.aaa.livedoor.jp/~choku/20070709.html#istanbul_orhan_pamuk 町のこの白黒の魂を捉えているので、ル・コルビジエのような東方…

『イスタンブール』より(2)

五十年の後に、(時々イスタンブール以外の場所で暮らしたけれども)またパムクアパートで、母が抱いてこの世界を初めて見せてくれた、最初の写真の一枚が撮られた場所で暮らしていることが、イスタンブールの別の場所にいるもう一人のオルハンという考えと…

『イスタンブール』より(1)

時々、無性にオルハン・パムックの文章に触れたくなることがある。しばらく我慢していたのだが、先日とうとう『イスタンブール―記憶と都市(İstanbul-Hatıralar ve Şehir)』を買ってしまった。 同時に何冊かの本を読み進めながら試訳をしている関係で、もと…

『ハシバミ八』を読む

■メティン・カチャン(Metin Kaçan) 1961年、カイセリ県インジェス郡に生まれ、イスタンブールに育つ。 『ミザー』誌に連載した短編でデビュー。やがて、1995年に『重厚小説(Ağır Roman)』が出版されると、これは脚本化され映画となった。 その後、シンナ…

 新着本(2)『ハシバミ八』

〔書 名〕FINDIK SEKİZ (仮題:『ハシバミ八』) 〔著 者〕Metin Kaçan (メティン・カチャン) 〔出 版 社〕Can Yayınları 〔出 版 年〕Yapı Kredi Yayınları、初版1997年 (2003年ジャン出版移籍/最新版第5刷) 〔頁 数〕125ページ ―象徴的・寓話的感触のな…

『危険な芝居』を読む

■オウズ・アタイ(Oğuz Atay) 1934年、イネボル生まれ。 1951年にアンカラのマーリフ・コレジを、1957年にはイスタンブール工科大学建築学部を卒業する。その3年後、イスタンブール国立エンジニア・建築家アカデミーで建築科の教官となり、1975年には助教授…

 新着本(1)『危険な芝居』

『キラーゼ』のシノプシス作成も中断したままだというのに、早くも歴史小説に飽きてしまったようだ。飽きっぽい自分のこと、そのうち「歴史小説熱」も再燃することだろうから、ここは今の気分に素直に従って「純文学系」に戻り、先日届いた二冊の現代小説を…

キラーゼ〜スファラディ系ユダヤ人母娘の運命(1)

〔書 名〕 KİRAZE(仮題:『キラーゼ〜スファラディ系ユダヤ人母娘の運命』) 〔著 者〕 Solmaz Kamuran(ソルマズ・キャームラン) 〔出 版 社〕 İNKILAP 〔出 版 年〕 2000年 〔頁 数〕 本文390ページ 〔著 者 紹 介〕 1954年、イスタンブール生まれ。イス…

『雪』より(5)

『雪』の訳文検証は、今回を最終回とする。 最後に、細かくなるが、訳語レベルの問題があると思われる箇所を取り上げたい。 Kaのように学び、ものを書く人間の一人がカルスの苦悩のためにイスタンブルから来たのを知って喜んでいることを知った。率直な言葉…

『雪』より(4)

前回の抜粋箇所の続きから。 いずれも、アナトリア特有の習慣・夫婦関係を色濃く描写した箇所である。 部屋に入ってきたフンダ・エセルも、不必要なほど生んだ子供たちの面倒を見て、夫がどこにいるのかすら知らず、どこかで女中や煙草労働者や絨毯織りや看…

『雪』より(3)

・・・・男たちの全ては、憂鬱感のために萎えているのを見たと彼は言った。「奴らは茶屋で何日も、何日も何もしないで座っている」と語った。「どこの町でも、何百人も、トルコ中で何十万、何百万人もの失業者や成功しなかった者、希望のない者、動こうとし…

『雪』より(2)

今回は、細かい構文の読解ミスをふたつみっつ。 ―抜粋はAmazon「なか見!検索」より― 雪は夢の中で降るように長々と静かに降りつづき、窓側に座っていた乗客は、長年、熱心に求めていたものが、無垢と純粋さによって清められたと、そして自分がこの世で、我…

『雪』より(1)

彼が間に合ったマギルス商標の古びたバスの助手は、閉めた荷物入れをもう一度開けたくなかったので、「時間がないから」と言った。そのために今、両脚の間に置いている臙脂色のバリイ商標の鞄を預けずに手元に置いたのだった。窓側に座っているこの乗客は五…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(17)

§帰還 イスタンブールに着きました。はやる心にもかかわらず、座り続けた私の身体はコンクリートのように重く身動きがとれませんでした。車椅子が必要かときかれて断固否定した私ですが、スチュワーデスの手助けなしには、タラップを降りることさえままなり…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(16)

§女ひとりで―3 ドイツ軍が各地で敗北を喫しはじめました。私たちは、ド・ゴール将軍が勝ち進んでいるという吉報をラジオで聞いては喜び、一刻も早い終戦を待ち望んでいました。 ある夜、ドアが激しくノックされ、開けてみると、マダム・ジャネットでした。…

『わたしの名は紅』より(8)

見習いの頃からわたしも又、深いところにある真実や彼方より聞こえる声を恐れたり、無視したり、馬鹿にしたりしてきました。その結果この惨めな井戸の底で果てています。あなた自身の身にも起こりうることです。お気をつけなされ。いまや、腐敗が進んでいや…

『わたしの名は紅』より(7)

思いもかけない石の撃打によって頭蓋骨の端がつぶされた時、あの野郎がわたしを殺そうとしているのがわかったものの、まだわたしが死ぬとは思いませんでした。工房と家の間を行き来する地味な生活をしていた時には気がつかなかったのですが、わたしにも夢が…

『わたしの名は紅』より(6)

実は、前回までで『わたしの名は紅』からの訳文検証はいったん中断しようと思っていた。HP、ブログ等で公開されている感想・書評自体は多いのだが、訳文の一部をそのまま抜粋・掲載してあるものはわずかであり、既訳がこれ以上手に入りそうもなかったためで…

『わたしの名は紅』より(5)

黙って、恭しく、身動きもせずに、わたしたちは長い間絵を眺めていた。少しでも動けば、向かいの部屋から来る空気が蝋燭の炎を波打たせて、父の神秘的な絵が動き出すように見えた。父の死の原因となったこれらの絵に魅せられていた。その馬の妙なこと、紅の…

『わたしの名は紅』より(4)

「・・・予言者様の聖遷からちょうど一千年経った時、イスラム暦の一千年目に、ヴェネチア総督の目に、イスタンブルの強力な軍とイスラムの誇りとともに崇高なるオスマン家の力と富を見せて、畏れを抱かせるような本でした。 この世で最も価値のある、一番大…

『わたしの名は紅』より(3)

人殺しにふさわしい二つ目の声をもちました。普段の生活では使わない、この人を馬鹿にしたような悪辣な第二の声で話してみましょう。人殺しにならなかったなら、今も話しているであろう、聞き覚えのある昔の声もときどきは聞くだろうが、その時は「俺は人殺…

『わたしの名は紅』より(2)

この七年間の間に五百六十回譲渡されました。イスタンブルで行ったことのない家、店、市場、モスク、教会、ユダヤ人のシナゴークはありません。歩き回ると、贋金について思ったよりずっと多く噂話が出ているのを、商人たちがわたしの名のもとに嘘っぱちを言…