2006-01-01から1年間の記事一覧

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−6

父も、おそらく、長年をこの仕事に捧げた作家たちのこの種の幸福を発見したのだろうと、父に先入観を持たないようにしようと、鞄を眺めながら思いました。 さらに、命令し、禁止し、抑圧し、罰を与える平凡な父でなかったこと、私を常に自由にさせてくれ、私…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−5

しかし父の鞄から、そしてもちろんイスタンブールの、私たちが暮らしていた生活の褪せた色彩から理解できるように、世界の中心は私たちから遠く離れたところにありました。 この基本的真実を実感することから生まれたチェーホフ派の辺境感覚について、もう一…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−4

父は、鞄の中の手帳のほとんどを埋めつくすためにパリに行ったようなものでした。 自分をホテルの部屋に閉じ込め、そうして書いたものをトルコに持ち帰っていたのです。 これがまた私を不愉快にさせたのを、父の鞄を眺めるとき、感じたものでした。 父の鞄を…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−3

この、書物を自由自在に読みこなし、唯一自身の良心の声に耳を傾けながら他の者たちの言葉と論争し、そして書物と対話を重ねながら自身の思想と世界を形成した、自由で独立した作家の最初の偉大な例は、もちろん近代文学の先駆者モンテーニュであります。 父…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−2

私にとって作家であるということは、人間の内面に潜む第二の個を、その個を形成している世界を、忍耐強く何年もかけて追究し発見することです。 執筆といえばまず、小説でも、詩でも、文学の伝統でもなく、一室に閉じ籠り、机に向かい、ひとりきりで自分の内…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−1

『白い城』は小休憩。ここで先の12月7日、ストックホルムで行われたオルハン・パムックの1時間弱に渡ったノーベル賞受賞スピーチの全文を、数回に分けて紹介してみたい。 *原文・写真ともに、2006年12月7日付『ヒュリイェット(Hürriyet)』より…

 『白い城』 【30】 P.71〜73

ホジャとともに過ごした最初の日々を思い出させるこの罰という言葉が、あの頃なぜ彼の頭に取り付いたのか、私には分からない。 ときには、自分が人の言うことをよく聞く大人しい臆病者であるがゆえに、彼に勇気を与えるのではないかと考えることがあった。 …

 『白い城』 【29】 P.68〜71

こうして、二ヶ月の間に、ホジャの人生について11年間では知りえないほどのことを私は知った。 後に私がスルタンとともに出掛けたエディルネで、ホジャと家族は暮らしていた。 父親は随分若くして死んでしまったらしい。ホジャはその顔を覚えているか、覚…

 『白い城』 【28】 P.66〜68

5 まず最初に、兄弟や母親、祖母と一緒に、エンポリの農園で過ごしたあの美しい日々を説明する数頁を書き上げた。 私がなぜ私なのかを理解するために、これらを説明することをなぜ選択したのかは、はっきり言って分からなかった。 おそらく失ってしまったあ…

 『白い城』 【27】 P.63〜65

なぜあなたがあなたなのか私には分からないと答えた後、この問いが、あそこで、私の祖国の、彼らの間で、何度も繰り返されていることを、毎日何度となく繰り返されていることを付け加えた。 これを言いながらも、私の頭の中には、この言葉を裏付けるただひと…

 『白い城』 【26】 P.60〜63

それからの3年間は、我々にとって最悪の年となった。 どの日も、その前の日の、どの月も、過ごしてきたその前の月の、どの季節も、味わってきたそれ以外の季節の、退屈で苛々する繰り返しにすぎなかった。 同じことを、苦痛と失望とともにもう一度経験し、…

 『白い城』 【25】 P.57〜60

この目的をもって、ホジャはまったく新しい本に取り掛かった。 私からアステカ人たちの最期やコルテスの回想について話を聞いた。 彼の頭の中には、学問に敬意を払わなかったために杭に座らされた哀れな少年王の物語が、以前からあった。 その間にもホジャは…

 『白い城』 【24】 P.55〜57

その前の冬、そしてその後の多くの冬同様に、その冬を我々は家で過ごした。 何事も起こらなかった。 寒い夜には、乾いた北東風が扉から煙突から入り込む家の一階で、朝まで座って話し合ったものだった。 ホジャはもはや私のことを見下さなかった。あるいは見…

 『白い城』 【23】 P.53〜55

翌月、我々の想像力の賜物である色鮮やかな動物たちに、少年がどのような反応を示すだろうかと気に掛けながら、ホジャは、宮殿からなぜいまだに呼び出されないのだろうと考えていた。 そこへ、ようやく狩りに呼ばれた。 ホジャはスルタンの傍に、私は遠くか…

 『白い城』 【22】 P.51〜53

4 夏の終わりも近いある日、最高占星学者ヒュセイン候の死体がイスティンイェ海岸*1で発見されたと聞いた。 パシャが殺人鬼のための判決を最後には法官から取り付けると、殺人鬼も隠れ家で安心して留まっていられなくなり、サドゥック・パシャは近々死ぬ。…

 『白い城』 【21】 P.48〜50

真夜中をとうに過ぎた頃、ホジャは部屋から出てきた。 些細な問題に引っかかったために助けを求める生徒の遠慮がちなはにかみと共に、私を部屋の中に、彼の机のすぐ横に呼んだ。 私に、少しのためらいも見せず「助けてくれ」と言った。 「一緒に考えよう。ひ…

 『白い城』 【20】 P.46〜48

私でさえホジャから初めて聞いたこの計画に、スルタンは楽しいおとぎ語を聞くように耳を傾けたという。 馬車で宮殿に戻るとき、もう一度訊いたそうだ。「ライオンはどんな風に産むと思う?」 ホジャは、前もって考えておいたので今度は答えたらしい。 「産ま…

 『白い城』 【19】 P.43〜46

翌日ホジャは部屋に閉じこもって研究を始めた。 数日後、時計と星たちをまたもや馬車に積み込ませ、窓格子の向こうのあの興味丸出しの眼差しの中、子供学校に向かった、今度は。 夕方戻るとホジャはうんざりしていたが、黙り込むほどではなかった。「子供た…

 『白い城』 【18】 P.41〜43

準備としてホジャは、パシャに読んで聞かせた文章を、9歳の少年が理解できるようなかたちで手を加えながら、暗記した。 が、ホジャの心はスルタンにではなく、どういうわけかパシャに、パシャがなぜ話を打ち切ったかにあった。 この秘密をいつか解明してみ…

 『白い城』 【17】 P.39〜41 

ホジャが再び説明を始めると、パシャは最初はあまり楽しんではいなかったという。 しかも、ほとんど理解できそうにもない知識が複雑に絡まっているせいで、楽しい気分がまたもや削がれてしまったために、不満そうでもあったらしい。 しかしその後、ホジャが…

 『白い城』 【16】 P.37〜39

3 その頃ホジャは、毎週ではなく、少なくて月に一度ぜんまいを巻いて調節すれば済む時計を可能にする、もっと大きな歯車の仕掛けをどうすれば開発できるか、と考えていた。 このような歯車一式を開発した暁には、年に一度だけ調節される礼拝時計を作るとい…

 『白い城』 【15】 P.34〜36

こうして最初の年を、我々は、幻の星が存在する、若しくは存在しない証拠を突き止めるために、天文学に取り組み、それに没頭して過ごした。 大金を投じてフランダース地方からレンズを取り寄せて作らせた望遠鏡と、天体観測用の器具と定規とを使って作業をす…

 『白い城』 【14】 P.32〜34

ホジャも屋敷内におり、下で私を待っているという。 庭の樹々の間で見たのが彼だったことがそのとき分かった。 私たちは歩いてホジャの家に行った。 ホジャは、お前が信仰を変えないことは最初から分かっていたと言った。 家の一室を私のために用意していた…

 『白い城』 【13】 P.30〜32

これほど急に決められるわけがない、そう思っていた。 ふたりは私を憐れみながら見ていた。私は何も言わなかった。せめて、もう二度と訊いてくれるなと思っていたのに、少したってまた訊かれた。 こうして私の信仰は、そのためなら簡単に命を捨てられるよう…

 『白い城』 【12】 P.28〜30

翌朝パシャは、まさに昔話に出てくるように、ホジャの手で布袋一杯の金貨を*1届けさせてくれた。 ショーは大いに気に入ったが、悪魔の勝利は心地悪かったと言ったそうだ。 ショーはさらに十日間続けられた。 日中は焦げた模型を修理させ、新しい演出を考えて…

 『白い城』 【11】 P.26〜28

結婚披露祝典の二日目の夜に行ったショーもそうだという。皆がそう褒めた。裏で策略を用いて我々の手から仕事を奪い取ろうとしている敵でさえも。 我々の仕事を金角湾の向こう岸から見物するためにスルタンも来ていると聞いたとき、私はひどく舞い上がった。…

 『白い城』 【10】 P.24〜26 

ある夜、途方もない高さにまで駆け上った花火がもたらした成功に興奮しながら、ホジャは言った。いつか、はるか月にまで届く花火でさえできるだろうと。 問題はただ、それに必要な火薬の混合物を割り出すことと、この火薬を収められる筒を鋳造できることだと…

 『白い城』 【9】 P.23〜24

朝、自分に似た男の家に行くとき、彼に私が教えられるようなことは何もないと思っていた。 しかし、彼の知識も私のより多いというわけではなさそうだった。 しかも我々の知識は互いに一致してもいた。すなわちすべての問題は、適切な樟脳の混合物を手にする…

 『白い城』 【8】 P.21〜22

2 部屋に入ってきた男は、信じられないほど私に似ていた。 私があそこにいるとは! 最初の瞬間、そう思った。 まるで私を騙そうとする誰かが、私の入ってきた扉のちょうど真向かいの扉から、私をもう一度中に招き入れ、こんなことを言っているかのように。 …

 『白い城』 【7】 P.19〜20 

冬はこうして過ぎ去った。 春先になり、何ヶ月も消息を尋ねられることもなかったパシャが、艦隊とともに地中海に遠征していることを知った。 暑い日々の続く夏じゅうを、絶望と怒りに満ちて過ごした私を見ていた幾人かは、現状に不満を持つべきではない、診…