2006-12-01から1ヶ月間の記事一覧

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−6

父も、おそらく、長年をこの仕事に捧げた作家たちのこの種の幸福を発見したのだろうと、父に先入観を持たないようにしようと、鞄を眺めながら思いました。 さらに、命令し、禁止し、抑圧し、罰を与える平凡な父でなかったこと、私を常に自由にさせてくれ、私…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−5

しかし父の鞄から、そしてもちろんイスタンブールの、私たちが暮らしていた生活の褪せた色彩から理解できるように、世界の中心は私たちから遠く離れたところにありました。 この基本的真実を実感することから生まれたチェーホフ派の辺境感覚について、もう一…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−4

父は、鞄の中の手帳のほとんどを埋めつくすためにパリに行ったようなものでした。 自分をホテルの部屋に閉じ込め、そうして書いたものをトルコに持ち帰っていたのです。 これがまた私を不愉快にさせたのを、父の鞄を眺めるとき、感じたものでした。 父の鞄を…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−3

この、書物を自由自在に読みこなし、唯一自身の良心の声に耳を傾けながら他の者たちの言葉と論争し、そして書物と対話を重ねながら自身の思想と世界を形成した、自由で独立した作家の最初の偉大な例は、もちろん近代文学の先駆者モンテーニュであります。 父…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−2

私にとって作家であるということは、人間の内面に潜む第二の個を、その個を形成している世界を、忍耐強く何年もかけて追究し発見することです。 執筆といえばまず、小説でも、詩でも、文学の伝統でもなく、一室に閉じ籠り、机に向かい、ひとりきりで自分の内…

ノーベル賞受賞スピーチ 【父の旅行鞄】−1

『白い城』は小休憩。ここで先の12月7日、ストックホルムで行われたオルハン・パムックの1時間弱に渡ったノーベル賞受賞スピーチの全文を、数回に分けて紹介してみたい。 *原文・写真ともに、2006年12月7日付『ヒュリイェット(Hürriyet)』より…

 『白い城』 【30】 P.71〜73

ホジャとともに過ごした最初の日々を思い出させるこの罰という言葉が、あの頃なぜ彼の頭に取り付いたのか、私には分からない。 ときには、自分が人の言うことをよく聞く大人しい臆病者であるがゆえに、彼に勇気を与えるのではないかと考えることがあった。 …