2007-01-01から1年間の記事一覧

『わたしの名は紅』より(1)

『アーンティ・ネリー』が思いのほか長引いてしまっている。梗概をまとめきれない私の力量不足(要領の悪さ)以外の何ものでもないのだが、あと残すところ3〜4回で完結する予定である。もし、継続的にご覧くださっている奇特な方がおられるのなら、もう暫く…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(15)

§女ひとりで―2 6月の半頃、パリはドイツ軍の占領下に入りました。ヒットラーが凱旋門を通る際の歓声をラジオで聞きながら、涙を流しました。 週に二度、配給券と交換で保存用の食料を手に入れるために、早朝から長い列に並びました。それでどうにか、自分ひ…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(14)

§女ひとりで―1 イスタンブールを離れるのは辛く憂鬱なものでした。戦争の足音が、フランスにまで届こうとしていたのです。唯一の慰めは、娘ニーメットの婚約でした。私は娘が新しい家庭を築けるよう手助けをしてやるために、パリに戻るのです。 経済的には…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(13)

§パリでの流刑の日々―3 ムスタファ・ケマルとイスメット・(イニョニュ)パシャの間に隙間風が吹いているという噂が届きました。ジェラル・バヤルが首相に任命されると、国外追放処分となった150人に対し恩赦の発令がなされました。 キャーミルから手紙が届…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(12) 

§パリでの流刑の日々―2 夏が終わり、冷え込むことが多くなりました。室内はガスで暖房していましたが、一人の時は使わないようにしていました。それでなくとも、座っている暇などなかったのです。クリスマスの前にはたくさんの縫い物をしました。子供たちに…

 新着本(2)『住民交換―父祖の地を失った悲運の人々』

〔書 名〕MÜBADİLLER*1 (仮題:『住民交換*2―父祖の地を失った悲運の人々』) 〔著 者〕Yılmaz Gürbüz(ユルマズ・ギュルブュズ) 〔出 版 社〕Elips Kitap 〔出 版 年〕2007年 〔頁 数〕761ページ 〔ジャンル〕歴史小説 考えてみるがよい。何百年も住み続けた…

 新着本(1) 『デヴシルメ―イェニチェリになった二人のキリスト教徒』

先日届いた二冊から、まず一冊目。 〔書 名〕DEVŞİRME―KOCA SOLAK*1― (仮題:『デヴシルメ *2 ―イェニチェリになった二人のキリスト教徒』) 〔著 者〕Ertunç Barın(エルトゥンチ・バルン) 〔出 版 社〕Bilge Kültür Sanat 〔出 版 年〕2006年 〔頁 数〕317…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(11)

§パリでの流刑の日々−1 私たちはイスタンブールに近く、情報の伝わりやすい場所としてルーマニアのコスタンツァ港に近いママイで逗留することにしました。私たちは移民も同然でしたが、子供たちを落ち込ませないようにと、海の見える立派なホテルで泊まるこ…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(10)

§困難な時代-3 その頃、フェリット・パシャ内閣が解散しました。新しい議会システムが検討されるなか、スルタンの影響力を制限するという点で、メフメット・アリは仲間と同じ意見を抱いていました。 敵対関係にある内務大臣アリ・ケマルがリンチを受けたと…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(9)

§困難な時代-2 戦争に敗れました。ダーマット・フェリット・パシャ内閣で内務大臣の任についているメフメット・アリは、始終神経を尖らせ、仲間内での会合を繰り返していました。 ある晩、メフメット・アリの血圧を測りにやってきた医者に、長らく咳き込み…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(8)

§困難な時代-1 セルビアで起きた事件をきっかけに、再び戦争に突入しました。イギリスの家族は来るのを諦めたと電報をよこしました。初めて、このまま一生会えないのではないかという不安に襲われました。 食料品のいくつかは手に入りにくくなり、私はイギ…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(7)

§オスマン人の嫁として-5 その頃、イスタンブールではスルタンの圧制に対する反乱が起きていました。スルタンは危険を逃れて離宮のひとつに閉じこもり、街中では狂信者たちが目を光らせているせいで、全身を覆い隠す黒いブルカ以外での外出はできなくなりま…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(6)

§オスマン人の嫁として-4 マクブーレ・レイラがようやく6ヶ月になった頃、再び妊娠に気付きました。秋が来て、私たちは海辺の屋敷を引きあげ、ベヤズット広場に面した屋敷に戻りました。私たちが住まうことになる3階を、私は自分の好みで飾りつけました。…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(5)

§オスマン人の嫁として-3 私はお屋敷の中をあちこち散策してまわり、様々な発見をしました。特に目を引いたのは大きな台所で、人ひとり入れるほどの大鍋で毎日数十人分もの食事が作られていました。7、8人いる使用人はもちろん、用事で屋敷を訪れる人たちに…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(4)

§オスマン人の嫁として-2 春が来てライラックの花が咲く頃、私は妊娠しました。気候が良くなると、ペラの小さい家では我慢できないほど暑く感じられ、家族全員で、ブユックデレにあるボスフォラス海峡沿いの屋敷に移ることになりました。海辺の屋敷の、海峡…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(3)

§オスマン人の嫁として-1 私たちは一緒に住む家をペラ地区に借り、結婚式はふたつのバイラム(イスラム教の宗教祭)の間に行うことになりました。 クルバン・バイラム(犠牲祭)は初めての経験でした。義母にバイラムの挨拶に伺うためメフメット・アリと馬…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(2)

§イギリス娘 私にとって、これは3度目のイスタンブール行きでした。1度目は19のとき。イスタンブールとあの黒い瞳に魅了されました。2度目は1939年、十数年に及ぶパリでの亡命生活の後、恩赦の知らせを受けて、夫メフメット・アリとともに郷愁つのるイスタン…

アーンティ・ネリー/オスマン人に嫁いだあるイギリス女性の半生(1)

〔書 名〕 OSMANLI’DA BİR İNGİLİZ GELİN (仮題:『アーンティ・ネリー〜オスマン帝国末期のトルコ上流階級に嫁いだあるイギリス人女性の半生〜』)〔著 者〕 Tülün Yalçın(トゥルン・ヤルチュン)〔出 版 社〕 Can Yayınları Ltd.Şti.〔出 版 年〕 2004年…

気負いを捨て、いざ再開

とうとう、5ヶ月の空白があいてしまった。 現実逃避、といえなくもないだろう。自分が心血をそそいで訳したいと思えるような作品、作家をいっこうに見つけられず悶々としつづけている。そればかりか、翻訳対象として見たトルコ文学そのものに失望している有…

『眠りの東』を読む

■ハサン・アリ・トプタシュ(Hasan Ali Toptaş) バイオグラフィ 1958年、デニズリ県チャル郡に生まれる。最初の短編小説『笑いの正体(Bir Gülüşün Kimliği)』が1987年に、2冊目の短編小説『無の囁き声(Yoklar Fısıltısı)』が1990年に出版される。 『死んだ時…

『千の憂鬱、一の愉悦』を読む

この数ヶ月、オルハン・パムックに代わる作家を探しあぐねてきた。 どうせならトルコ文学史上重要な位置づけにある作家・作品をと気負う一方で、なにより翻訳の愉楽を見出すことのできる作品でなければ手を出すべきではないことは、私自身が一番よく分かって…

『雪』より―雪をめぐる断章【4】

第7章 政治的イスラム主義者など、西欧かぶれの政教分離主義者のつけた名にすぎない―党本部、警察署、ふたたび各通りにて より 目を瞠るほど大粒の雪が、ゆっくりゆっくりと降っていた。 その緩慢さと豊満さ、町の何処からやってくるとも知れぬ仄青い光のな…

『雪』より―雪をめぐる断章【3】

第3章 アッラーの党に一票を―貧困と歴史 より 子供の頃、Kaにとって貧困とは、弁護士の父親と主婦の母親、可愛い妹、正直者の家政婦、家具やラジオやカーテンで出来上がった、ニシャンタシュの中流階級の生活と「家」の境界が途切れ、その外側にある向こ…

『雪』より―雪をめぐる断章【2】

第2章 我が町は平和なところだ―遠く離れた街 より 雪は、都市の汚濁や泥濘、暗部が覆い隠され忘れ去られた後の純真な感情を、常にKaに呼び覚ました。 だがKaは、カルス滞在一日目にして、雪にまつわるこのような無邪気な感覚を失ってしまった。 ここで…

『雪』より―雪をめぐる断章【1】

第1章 雪の静けさ―カルスへの旅立ち より 雪の静けさ―そう考えていた。バスの中で運転手のすぐ後ろに座っていた男は。これが詩の冒頭であったなら、心の内に感じているものを雪の静けさと表現していただろう。 エルズルム発カルス行きのバスに、男はぎりぎ…

翻訳の衝動

著作権の有効な文学作品を、いくら営利目的ではなく、個人的利用のためであるとはいえ、翻訳して一般に公開するのは、明らかな著作権侵害にあたるらしい。 このブログを始める際、実は、そこまでは考えが及んでいなかった。恥ずかしながら。 語学学習・翻訳…

再翻訳の誘惑

巷では、無料翻訳サイトを利用した「再翻訳」が流行っているらしい。 当然のこと英語が中心なのだが、日→英→日というように、二度の翻訳作業を重ねた結果得られる訳文と原文との間の食い違いが大きいほど、訳文の日本語としての不自然さが際立っているほど、…