新訳『わたしの名は赤』より(2)

§哲学的命題は哲学的であれ。概念はあくまで概念的であれ 細密画の奥義を語るこの部分。本作品の中でも最も哲学的、概念的な表現が続く箇所である。 Nakıştan önce bir karanlık vardı ve nakıştan sonra da bir karanlık olacak. Boyalarımızla, hünerimiz …

 新訳『わたしの名は赤』より(1)

§ふたたび「頭から順に」のススメ 2年前の最後のブログでも全く同じ指摘を行ったが、今ふたたびこの主張を繰り返したい。日本語とほぼ同じ語順・構造をもつトルコ語を訳すにあたっては、英文和訳のように「後ろから前に」ではなく「頭から順に」訳すのが最も…

タイトル変更―そしてブログ再開

ブログを顧みなくなって2年が過ぎた。その前年に開業した本業の方で多忙になったこともあり、実務翻訳の方は少しずつ縮小を余儀なくされ、現在は本業の合間に差し込めそうな小さい案件を受ける程度である。 その一方で文芸翻訳への情熱は、熾火のように時折…

トルコ語こそ「頭から訳す」

ここまで6回にわたり、オルハン・パムック『白い城』邦訳「序」部分で発見した、あくまでも私見による問題点を指摘してきた。これに関しては、「いずれも些細な問題であり、翻訳者の裁量の範囲内だ。読みやすく美しい日本語になっているからこれで結構」と反…

『白い城』より(6)

Kitabı günümüz Türkçesine çevirirken hiçbir üslup kaygısı gütmediğimi okuyanlar göreceklerdir: Bir masanın üzerine koyduğum elyazmasından bir iki cümle okuduktan sonra, kağıtlarımın durduğu başka bir odadaki öteki bir masaya geçiyor, aklım…

『白い城』より(5)

原文10ページ12行目。(邦訳13ページ11行目) Böylece, yeniden, yeniden dönüp okuduğum hikayeyi, elinden sigara düşmeyen gözlüklü bir kızın da yüreklendirmesiyle yayımlamaya karar verdim. こうして、もう一度、最初に戻って読んだ物語を、煙草を手…

『白い城』より(4)

原文9ページ3行目。(邦訳11ページ14行目) Başka örneklerde de görülebileceği gibi bunun tersi de doğru olabilir diye düşünüyor, hikayemin yazarının izini bulmaktan umudu kesmemeye çalışıyordum, ama İstanbul kütüphanelerinde yaptığım araştır…

『白い城』より(3)

第6センテンス。 Çok hoşlandığım, ama bir deftere de kopya etmeye üşendiğim için, elyazmasını, genç kaymakamın bile “arşiv” diyemediği o mezbeleden, beni gözaltında tutmayacak kadar saygılı hademenin güvenini kötüye kullanarak, kaşla göz ar…

『白い城』より(2)

第3、第4センテンスより。 Sanırım, yabancı bir el, kitabın birinci sayfasına, sanki beni daha da meraklandırmak için, bir başlık yazmıştı: “Yorgancının Üvey Evladı”. Başka bir başlık yoktu. 察するに外国人の手だろう、本の第一頁に、まるで私…

『白い城』より(1)

前回記述した観点から、早速、比較検証を始めてみたい。まずは冒頭の一文から。原文、2006年に公開した私自身の試訳、宮下両氏の訳、の順で掲載し、疑問点を提示した上で、最後に現時点での私自身の決定訳を書き留めておこうと思う。 Bu elyazmasını, 1982 y…

文芸翻訳はこれでいいのか―オルハン・パムック『白い城』邦訳に思う

物語/ストーリーが伝わればそれで十分なのだろうか。物語が読みやすい日本語で再現され、誤訳が最小限に止められていれば、作者独特の文体や語り口は無視されてもよいのだろうか。 あるいは、作者自身が実際には書いていない言葉やフレーズがそこここに挿入…

"Masumiyet Müzesi"を読む(3)

現在、158ページ。 本作品は、ノーベル賞受賞後にはじめて発表された長編小説であり、世界中の読者から待望された新作になるわけだが、ひょっとしてこれは“失敗作”に当たるのではないか、という危惧を抱きつつ読み進めている。 あくまでここまでの印象だが、…

"Masumiyet Müzesi"を読む(2)

只今、84ページ。 “恋愛小説“と名乗るには、あまりに不思議な恋愛小説である。パムックの技巧にかかると、ロマンティズムの片鱗もない恋愛小説(ロマンス)が出来上がるようだ。 男女の出会い(再会)から急速な恋愛に進展、泥沼化、やがて訪れる破局(悲劇…

"Masumiyet Müzesi"を読む(1)

現在、47ページ。 それが自分の人生でもっとも幸福な瞬間だったとは、気づいていなかった。気づいていたら、この幸せを守れたし、すべてがまったく違った方向へ進んだのだろうか?そう、それが人生で一番しあわせな瞬間だと分かっていたなら、決してその幸福…

新着本[Masumiyet Müzesi]

7年がかりで書き上げたというオルハン・パムックの新作、“恋愛小説”[Masumiyet Müzesi]がとうとう発売された。発売日の前日にあたる8月28日にはすでに店頭に陳列されていたので、早速購入。 実務翻訳の方は、ようやく夏の繁忙期も一段落したが、個人的な要件…

京都精華大学オルハン・パムック講演会より(3)

Bu da, her gün almam gereken ilacın nitelikleri konusunda biraz daha bilgi veriyor. İlacın kuvvetinden, hem hayattan hem de hayal gücünden çok beslenmiş olması gerektiğini anlıyoruz. このことから、毎日飲む必要がある薬の性質について、さらに…

京都精華大学オルハン・パムック講演会より(2)

Önce ilaç iyi olmalı. İyilikten hakikiliği ve kuvveti anlıyorum. İnanabildiğim sıkı, yoğun, derin bir roman parçası beni her şeyden daha çok mutlu eder ve hayata bağlar. まず、薬は良いものでなければなりません。「良い」というのは真正で力強…

京都精華大学オルハン・パムック講演会より(1)

すでに1ヶ月が経ってしまったが、先月19日に京都精華大学内で開催されたオルハン・パムック講演会*1のテープを聴く機会があった。 内容は、『父のトランク』に収録された、『内包された作者*2』と題する、2006年にオクラホマ大学で行われた講演を採録した文…

赤と黒―楽観主義と悲観主義

(今回の投稿は、いつも以上に歯に衣着せぬ辛辣なものになっています。ご気分を害されたくなければ今のうちにご遠慮ください) ここ一、二日の『赤と黒』新訳をめぐる白熱した誤訳論争も、ようやく沈静化したようだ。いつか文芸翻訳者の末席に着けることを願…

『奴隷商人―チューリップ時代に咲いたひとつの愛の物語』を読む(3)

奴隷商人ムフスィン・チェレビの物語 ムフスィン・チェレビは、枕元から取り出した貴石細工の手鏡に映る、インドの細密画に描かれている王子にも似た自分の顔に見入っていた。 一七三〇年七月の、とある夜半のことであった。銀の燭台の上では、三本の蜜蝋が…

『奴隷商人―チューリップ時代に咲いたひとつの愛の物語』を読む(2)

■レシャット・エクレム・コチュ(Reşad Ekrem Koçu) 1905年、イスタンブール生まれ。父エクレム・レシャット・ベイ(1877-1933)は、イスタンブールを拠点とする「Tarih(歴史)」「Malûmat(情報)」「Ceride-i Havadis*1」の各新聞社で働いた後、コンヤ工業学校…

『奴隷商人―チューリップ時代に咲いたひとつの愛の物語』を読む(1)

オルハン・パムックも『イスタンブール』で一章を割いた、歴史研究家・蒐集家にして歴史小説家レシャット(レシャッド)・エクレム・コチュ。彼の作品を一度読んでみたいと思っていたのだが、今日の今日まで後回しになっていた。 とりあえず、現在翻訳中の歴…

Cucumis「暗黙のルール」違反を犯す

Cucumisからもそろそろ足を洗い、翻訳作業に本腰を入れねばならない頃なのだが、深く考えもせず突っ込んだ片足を抜くに抜けないでいる。(Cucumisネタは、今度こそ最後にしたい) 前回のエントリーでCucumisの審査のシステムについて触れたが、どうやら私は…

Cucumisに飽きる

とかく飽きっぽい人間ではあるが、なんともはやCucumisにも早々に飽きようとしている。 何であれ使ううちにその欠点や、自分にとっての有用性がはっきりと見えてくるものだが、2週間参加してみて、「なんだか面白くない」と感じはじめた。整理してみるに、以…

Cucumisに嵌る

「只今、鋭意翻訳中」のはずの歴史小説が捗々しくない。このところ一向に集中できないのだ。 毎日、当て所もなくネットサーフィンを続けた挙句、暇つぶしに、と久々に覗いてみた無料オンライン翻訳サイト「Cucumis」http://www.cucumis.org/translation_6_w/…

トルコ語「ひとこと翻訳」受け付けます

検索サイトを通じて拙ブログを訪問してくださる方のうち、「トルコ語 ○☆×□」というキーワードで、要するに辞書機能、自動翻訳機能を探して来られる方が少なくない。 日本語のある単語をトルコ語に置き換えるとなんという言葉になるのか、あるいはその逆で、…

日本語-トルコ語オンライン辞書の精度は、いかほど?(2)

前回に続き、ごくごく単純な単語ばかり選んで比較してみることにする。 せっかくだから、この1週間に拙ブログを訪問してくださった方々が用いられた検索キーワードの中から、「愛」「犬」「兵士」の3つを選ぶことにした。 同じく、上段が「みんなで創る辞書…

日本語-トルコ語オンライン辞書の精度は、いかほど?(1)

「ひとこと翻訳します」宣言から約1週間。この間にも、「トルコ語+自動翻訳」「トルコ語 翻訳」「トルコ語 ☆○※□」といったキーワード検索の結果、このブログに辿り着いた方が何人もいらっしゃるのだが、やはり、質問の書き込みをされる方はまだ現れない。ヒ…

重訳はどこまで原文を伝えうるか?(2)

早速、本題に入ろう。 いずれも、上段がフランス語→トルコ語→日本語の重訳、下段がフランス語から日本語へ直に翻訳したものである。 トルコ語から和訳するにあたっては、トルコ語の原文を逸脱しない訳語、表現を心がけ、最低限の補足を行う以外には、無用な…

重訳はどこまで原文を伝えうるか?(1)

作品選びの過程で、一時ヒッタイトを舞台とした作品(ドイツ語原著のトルコ語訳)の下訳に取り掛かったことを書いた。時代は、かの有名なカデシュの戦いの20年後、紀元前1265年。ヒッタイト大王ハットゥシリ3世の治世である。 歴史小説を訳すにあたり、自分…