『わたしの名は紅』より(8)

見習いの頃からわたしも又、深いところにある真実や彼方より聞こえる声を恐れたり、無視したり、馬鹿にしたりしてきました。その結果この惨めな井戸の底で果てています。あなた自身の身にも起こりうることです。お気をつけなされ。いまや、腐敗が進んでいやな臭いがすれば、人々がわたしを発見してくれることを期待するばかりです。そしてあの人殺しが見つかった時に、情け深い誰かが奴にかけてくださる拷問を期待するのみです

Bakın, ben de çıraklığımda derinlerdeki gerçekten, ötelerden gelen sesten korkar da dikkatimi vermez, alay ederdim böyle şeylerle. Sonum bu rezil kuyunun dibi oldu! Sizin de başınıza gelebilir bu; gözünüzü dort açın. Şimdi iyice çürürsem, iğrenç kokumdan beni belki bulurlar diye umutlanmaktan başka yapacak hiçbir şeyim yok. Bir de rezil katilime, bulunduğunda, hayırsever birinin edeceği işkenceleri hayal etmekten başka.

 「期待するばかりです」「期待するのみです」と同様の表現が重なるのは、心地悪い。(しかも原文では、ふたつめは「想像する」「空想する」という言葉が使われている)
 意訳を心がける余りに、直訳より舌足らずな日本語になってしまっては、元も子もないと思うが。



 ここも同様に、直訳を心がけながら訳してみた。



聞くがいい。わたしも見習いの頃は、物事の奥深くに横たわる真実や、遥か彼方から聞こえてくる声を恐れはしても、決して気には留めなかったし、笑いものにしていたものだ。その結末が、この屈辱的な井戸の奥底というわけだ。あなたがたの身にもこれは起こりうることだから、よくよく注意するがよい。今やわたしには、とことん腐りさえすれば、嫌な臭いに気付いておそらく人々が見つけてくれるだろうと期待するより他に、すべきことは何もない。そしてもうひとつ、恥知らずな殺人鬼が見つかったあかつきに、慈悲深い誰かが加えてくれるだろう拷問の数々を想像する以外には




 以上、『わたしの名は紅』からの訳文検証はこれにて打ち切りにしようと思う。



 これからの予定だが、『アーンティ・ネリー』をさっさと終わりにした後、今度は同じパムック作品『雪』の訳文検証に移りたいと思っている。(おそらく一、二回で終わると思うが)
 その後は本分に戻り、ある歴史小説の紹介を始めたい。スファラディユダヤ人一家の娘として生まれた女性とその娘、母娘二代にわたる宿命の物語である。舞台はトレドからイスタンブールまで、地中海を西から東まで駆け巡り、その途上で政治、宗教、陰謀、恋愛・・・とさまざまな要素が絡み合っていく。女性を主人公とした冒険歴史小説という趣もある。お楽しみに。