『危険な芝居』を読む

オウズ・アタイ





オウズ・アタイ(Oğuz Atay)


1934年、イネボル生まれ。
1951年にアンカラのマーリフ・コレジを、1957年にはイスタンブール工科大学建築学部を卒業する。その3年後、イスタンブール国立エンジニア・建築家アカデミーで建築科の教官となり、1975年には助教授となる。
自身の専門分野において『トポグラフィヤ(Topogafya:地勢学)』という題名の著作を発表した他、数々の雑誌、新聞などで論考を発表する。
1970年にTRT小説賞を受賞した作品『堪え性のない人々(Tutunamayanlar)』が1971〜2年に出版されると、これは社会議論を巻き起こした。
1973年には2作目の小説『危険な芝居(Tehlikeli Oyunlar)』を発表。ほかに、短編集『恐れを待ちながら(Korkuyu Beklerken)』、科学者ムスタファ・イナンの生涯を取り上げた『ある科学者の物語(Bir Bilim Adamının Roman)』、国立劇場の舞台で上演された『芝居とともに生きる人たち(Oyunlarla Yaşayanlar)』という戯曲などを著わした。
1977年、『トルコの魂(Türkiye'nin Ruhu)』という大掛かりなプロジェクトを書き上げるのを待たず、脳腫瘍で亡くなった。
死後、彼の著作は大きな関心を集め、再版を重ねることとなった。




■オウズ・アタイ『危険な芝居』冒頭部より


    ゲジェコンドゥ



 (隣の部屋から、アスマンとナージイェ夫人の声が聞こえてくる)


 ヒクメット:なんでまた、ひそひそ声で話してるんだろう?(考えている)ベッドの上じゃあ、どんな声も押し殺したように聞こえるもんだ。いいや、ひそひそ声でなんか話しちゃいない。遠くから聞こえるからそう思ってしまうだけなんだ。呪われるがいい!あいつらの話していることは全部筒抜けなんだ。(うつぶせになり、頭を枕に―正確には、カバーをかけられて枕状態にされた座布団に、力一杯に押し付ける)聞きたくなんかないんだからな!あんたらがぶつぶついう声なんか。(頭を上げ、声の聞こえてくる方を振り向く)一言も聞きたくないぜ、ナージイェ伯母さんよ。(失望したように頭を枕に沈める)しまいにゃ、人間の声も出せなくなってるだろうさ、インシャッラー!けだものみたいにウーウー唸るだけになっちまうだろうよ。(枕を下に落とす)ドアが開いてるってえのに、誰も見えないぞ。(枕元を手で探るが、枕は見つからない)枕はしょっちゅう落っこちるし。だってさ、ソファーの頭側が壁にくっついてないんだから。それってえのも、間に肘掛け椅子があるんだぜ。肘掛け椅子を少しばかり左に引っ張ればなあ・・・お前のためにせっかく整った客間をめちゃめちゃにはしないだろうがな。この、客間とやらを笑ってやろうじゃないか。(微笑む)なんてこった!この、微笑なんてものが、いきなりどこから飛び出したもんやら。(しかめっ面をする)俺が眠ってるとばかり思ってやがら。あいつらが、枕を落とした音を聞いてれば・・・聞かしてやろうじゃないか、そんでもってこんな風に痛めつけるのは終わりにしてもらおうじゃないか。いいや、聞かさないほうがいい。もっとこんがらがった状況になって、あいつらが忌み嫌う方角も変わってきちまう。これにも慣れてきたところだっていうのに、また新たに嫌われたりしたらたまったもんじゃない。(腕をゆっくりとベッドの下に伸ばし、枕を上に引っ張りあげる)さては、俺の声が聞こえてるだろうか?(ドアの方を振り返る)ナージイェ伯母さんよお!死んじまった伯父さんの、ぴんぴん元気な奥さんよお!(声を低くする)そんなこと言うなって。お前はあの女の厄介になってるんじゃないか。了解!分からないんだ。他にどうやってあんたらの厄介者になればいいんだか。俺を食い尽くしちまうあのノミどもみたいに、実際あんたらの血を吸ってみるってのは?(体を掻く)


ナージイェ夫人:もうこれ以上我慢できないわ。


ヒクメット:死んじまえばいいさ、インシャッラー!あんたが死んだって誰も悲しんでくれなかろう。(布団を体の両側に夢中で巻きつける)


ナージイェ夫人:あの男は、自分の息子の重荷を何から何まで私に背負わせて行ってしまったのよ。


ヒクメット:嘘を言うんじゃない!ほんの短い間だけなんだ。分からないのか?ほんの少しの間なんだ。(布団を頭の上まで引っ張り、ベッドの中で体を縮込ませる)人間はどうやったら消えてしまえるだろう?もし俺が、誰にも見られずに出て行ったとしたらだ。どこかの角で死んでそのままになってしまったらだ。その後は、ふたりで抱き合って泣くがいいさ。私たちがむごい虐めをしてるまに、哀れなあの子はじめじめした壁の足元で・・・ってさ。みんなが俺の周りに集まってくる。担当の役人が、人垣を分けて俺の横に近づく。この死んだ若者はどの家を飛び出してきたのか、ってさ。さあ、あんたらにとっちゃ災難だ。何か答えてくれよ!ほら。


ナージイェ夫人:仕事場から無理して休憩時間をもらってるのよ。駆けって戻って、すぐにご飯を食べさせるの。


ヒクメット:たった一回だけじゃないか、そんなこと。一度っきりだったぜ。それも、あんたが無理に食わせたんじゃないか。汚らしい食堂なんかでお腹を壊すなって、あんたが言ったんだ。俺は3リラでどうにかお腹を一杯にしてたんだ。アルティンの食堂さ。前の晩から残ってるインゲン豆の煮込みを温めてるのは、俺だって知ってたさ。(仰向けに寝る)他に何か考えられることはないかなあ。(しばらく黙る)俺は、感じやすくてロマンチックな人間なんだ、分かるかい?


ナージイェ夫人:下着だって、一日で汚しちゃうのよ。朝、体を洗うように、誰もあの子に教えなかったみたい。


ヒクメット:下着だって!?死んじまいたいぜ。いつもきれいでいられるよう俺にできる唯一のことだっていうのに。(汗を掻きはじめる)俺の汗は臭くなんかないぜ!下着だって一度洗いすれば・・・(額にたまった汗をぬぐう)まったく何を話してるんだ俺は!俺に何を言わせようってんだ、あんたたちは。

 (p.13‐15)