翻訳雑感

タイトル変更―そしてブログ再開

ブログを顧みなくなって2年が過ぎた。その前年に開業した本業の方で多忙になったこともあり、実務翻訳の方は少しずつ縮小を余儀なくされ、現在は本業の合間に差し込めそうな小さい案件を受ける程度である。 その一方で文芸翻訳への情熱は、熾火のように時折…

トルコ語こそ「頭から訳す」

ここまで6回にわたり、オルハン・パムック『白い城』邦訳「序」部分で発見した、あくまでも私見による問題点を指摘してきた。これに関しては、「いずれも些細な問題であり、翻訳者の裁量の範囲内だ。読みやすく美しい日本語になっているからこれで結構」と反…

赤と黒―楽観主義と悲観主義

(今回の投稿は、いつも以上に歯に衣着せぬ辛辣なものになっています。ご気分を害されたくなければ今のうちにご遠慮ください) ここ一、二日の『赤と黒』新訳をめぐる白熱した誤訳論争も、ようやく沈静化したようだ。いつか文芸翻訳者の末席に着けることを願…

重訳はどこまで原文を伝えうるか?(2)

早速、本題に入ろう。 いずれも、上段がフランス語→トルコ語→日本語の重訳、下段がフランス語から日本語へ直に翻訳したものである。 トルコ語から和訳するにあたっては、トルコ語の原文を逸脱しない訳語、表現を心がけ、最低限の補足を行う以外には、無用な…

重訳はどこまで原文を伝えうるか?(1)

作品選びの過程で、一時ヒッタイトを舞台とした作品(ドイツ語原著のトルコ語訳)の下訳に取り掛かったことを書いた。時代は、かの有名なカデシュの戦いの20年後、紀元前1265年。ヒッタイト大王ハットゥシリ3世の治世である。 歴史小説を訳すにあたり、自分…

翻訳企画書持込みを目指して(1)〜作品を選ぶ

昨年末、翻訳仕事に関し、今年度の目標を立てた。 実務翻訳はさておき、文芸翻訳の分野では、出版社へ翻訳企画を持ち込みたいと思えるような作品を選び、企画書+部分訳(最低でも本文の3分の1)を3ヶ月で仕上げるという、従来の自分の翻訳スピードからいえ…

啓蟄の候

前回の投稿から、すでに1ヶ月以上が経ってしまった。 第一繁忙期?とでもいえる年度末のピークも一段落・・・と見ていいのだろうか。 忙しいのは有難いことこの上ないが、文芸翻訳への頭の切り替え、さらには与えられたテキストというもののないブログへの復…

世紀のトルコ人小説家40人

1月27日(日曜日)付けヒュリイェット紙日曜版を眺めていて、興味深い記事に目が留まった。文芸評論誌『NOTOS ÖYKÜ』が企画した、文芸・文学界で活躍する135人の識者に対して実施された調査の結果、候補となった97人の小説家のうち、“世紀の小説家”として最…

気負いを捨て、いざ再開

とうとう、5ヶ月の空白があいてしまった。 現実逃避、といえなくもないだろう。自分が心血をそそいで訳したいと思えるような作品、作家をいっこうに見つけられず悶々としつづけている。そればかりか、翻訳対象として見たトルコ文学そのものに失望している有…

翻訳の衝動

著作権の有効な文学作品を、いくら営利目的ではなく、個人的利用のためであるとはいえ、翻訳して一般に公開するのは、明らかな著作権侵害にあたるらしい。 このブログを始める際、実は、そこまでは考えが及んでいなかった。恥ずかしながら。 語学学習・翻訳…

再翻訳の誘惑

巷では、無料翻訳サイトを利用した「再翻訳」が流行っているらしい。 当然のこと英語が中心なのだが、日→英→日というように、二度の翻訳作業を重ねた結果得られる訳文と原文との間の食い違いが大きいほど、訳文の日本語としての不自然さが際立っているほど、…

『白い城』に挑戦してみる

2006年度ノーベル文学賞受賞作家であるオルハン・パムック(Orhan Pamuk)*1の作品世界を、どうのこうの言える立場にはない。「トルコ人にも難しい」といわれる彼の作品を初めて手に取ってみる勇気が湧いたのは、ノーベル賞受賞が発表されてようやく数日…