再翻訳の誘惑
巷では、無料翻訳サイトを利用した「再翻訳」が流行っているらしい。
当然のこと英語が中心なのだが、日→英→日というように、二度の翻訳作業を重ねた結果得られる訳文と原文との間の食い違いが大きいほど、訳文の日本語としての不自然さが際立っているほど、つまり「不出来」なほど喜ばれもてはやされているようである。
「再翻訳」を試して喜ぶ人の多くは遊びとしてやっているわけだが、これを翻訳練習の一方法として半ば真面目に(半ば興味本位で)採用しようかと思っているところである。 この場合、自動翻訳ではなく「手動」翻訳になるが、トルコ語で翻訳出版されている日本文学作品をもう一度日本語に翻訳する作業を通して、原著ならではの美しく味わいある日本語と、ともすれば直訳調の泥沼にはまりそうになる自分の日本語訳との間の距離・徹底的相違を直視しようという試みなのである。 その過程で、トルコ人翻訳者による誤訳・迷訳を見つける愉しみも、もちろん期待していないわけではない。
なお、トルコで出版されている日本人作家の翻訳作品のほとんどは、原著から直接訳されたものではなく、英訳作品や仏訳作品からの重訳になる。 したがって、トルコ語作品に原文の魅力がどこまで残っているか、知れたものではない。すでに相当な変容を遂げているだろうという予感だけは、十分にある。
オンライン書店*1をざっと回ってみた限りでは、トルコで翻訳出版されている日本文学作品は極めて少ないようだ。品切れ・絶版になっているために、検索で出てこないものもあるかもしれない。
以下に、検索で見つかった作品をリスト化してみた。
が。。。残念なことに、作家といい作品といい、偏りすぎであると同時に、一貫性がまるでみられない。 中には、その作家の代表作とされる作品が差し置かれ、小品が、しかも一点しか翻訳されていないような現状には、目を疑う。 せめて、井上靖であれば『あすなろ物語』や『天平の甍』、谷崎潤一郎なら『細雪』や『春琴抄』、『陰翳礼讃』が先に出版されるべきであろう。
「たまたま翻訳できそうなものを翻訳してみた」「見つけた、翻訳した、出版した」というノリであろうか?
さらに、オンライン書店の販売価格を見て、こちらも目を疑った。 書籍は贅沢品・高額品になるトルコにあって、トルコ人作家の作品に比べると、極端に価格設定が低いのである。 「たたき売り」同然ともいえる。 例えばオルハン・パムックの作品なら、長編作品がほとんどであるとしても、いずれも20YTL(約1700円)*2を越える一方で、井上靖の『猟銃』が約4YTL(350円)、太宰治の『人間失格』が約6YTL(500円)、夏目漱石『坊ちゃん』が約8YTL(700円)、よしもとばななの『TUGUMI』に至っては、なんと1YTL(約80円)ポッキリ!
トルコの出版業界において、日本文学がいかに軽視されているかがどこから見ても一目瞭然であろう。 これでは、翻訳に重きが置かれているとはどうしても考えにくい。
やはり何の勉強にもならないのだろうか?「再翻訳」では。。。
■トルコで翻訳出版されている日本文学作品 (五十音順)
タイトルにすでに、「再翻訳」の滑稽さが窺えます。
*井上靖 『猟銃』
[Aşkın Üç Yüzü(愛の三つの側面)] Yasushi Inoue, Telos Yayıncılık, Ayşe Teksoy訳
*井原西鶴 『好色一代男』?『好色二代男』?
[Samuraylar Arasında Aşk(侍たちの間の愛)] İhara Saikaku, Okuyan Us Yayın, Fatih Özgüven訳
*井原西鶴 『好色五人女』
[Aşkı Seven 5 Kadın(愛を好む5人の女)] İhara Saikaku, Truva Yayınları, Sevda Kubilay訳
*川端康成 『雪国』
[Karlar Ülkesi(雪の国)] Kavabata Yasunari, Doğan Kitapçılık, Selma Öğunç訳(英語版より)
*川端康成 『千羽鶴』
[Bin Beyaz Turna(千羽の白鶴)] Kavabata Yasunari, Doğan Kitapçılık, Ahmet Arpad訳(英語版より)
*川端康成 『古都』
[Kiyoto(京都)] Yasunari Kawabata, Can Yayınevi, Esat Nermi Erendor訳
*川端康成 『名人』
[Go Ustası(碁の名人)] Yasunari Kawabata, Remzi Kitabevi, Belkıs Çorakçı(Dişbudak)訳
*川端康成 『みづうみ』
[Göl(湖)] Yasunari Kawabata, Can Yayınevi, Ülkem Gürpınar訳
*桐野夏生 『OUT』
[Çıkış(出口)] Natsuo Kirino, İthaki Yayınları, Deniz Dülgeroğlu Altıparmak訳
*太宰治 『人間失格』
[İnsanlığımı Yitirirken(人間性を失うとき)] Osamu Dazai, Karakutu Yayınları, Hüseyin Can Erkin*3訳
*太宰治 『津軽』
[Mor Bir Serserinin Gezi Notları(紫色をしたある放浪者の覚書)] Osamu Dazai, Yapı Kredi Yayınları, Aslı Biçen訳(仏語版より?)
*太宰治 『斜陽』
[Batan Güneş(沈む夕陽)] Osamu Dazai, Yapı Kredi Yayınları, Esin Talu Çelikkan訳(仏語版より)
*谷崎潤一郎 『瘋癲老人日記』
[Çılgın Bir İhtiyarın Güncesi(気違い老人の日記)] Cuniçiro Tanizaki, Can Yayınları, Nili Tlabar訳(英語版より)
*辻仁成 『白仏』
[Beyaz Buddha(白いブッダ)] Tsuci Hitonari, Doğan Kitapçılık, 訳者不明
*夏目漱石 『坊ちゃん』
[Küçük Bey(小さな紳士)]Soseki Natsume, Oğlak Yayıncılık, 訳者不明
*不明(まつおかたかし)
[Serçe Bulutu(雀の雲)] Takashi Matsuoka, İthaki Yayınları, Barış Yıldırım訳
*三浦清宏 『長男の出家』
[Oğlum Zen Keşişi Olmak İstiyor(息子は禅僧になりたい)] Kiyohiro Miura, Okyanus Yayıncılık, Nur Yener訳
*三島由紀夫 『潮騒』
[Dalgaların Sesi(波の音)]Yukio Mişima, Varlık Yayınları, Zeyyat Selimoğlu訳
*三島由紀夫 『春の雪 豊饒の海 第1巻』
[Bahar Karları Bereket Denizi 1(春の雪 豊饒の海1)]Yukio Mişima, Can Yayınları, Püren Özgören訳
*三島由紀夫 『奔馬 豊饒の海 第2巻』
[Kaçak Atlar Bereket Denizi 2(放れ馬 豊饒の海2)]Yukio Mişima, Can Yayınları, Püren Özgören訳
*三島由紀夫 『暁の寺 豊饒の海 第3巻』
[Şafak Tapnağı Bereket Denizi 3(暁の寺 豊饒の海3)]Yukio Mişima, Can Yayınları, Püren Özgören訳
*三島由紀夫 『天人五衰 豊饒の海 第4巻』
[Meleğin Çürüyüşü Bereket Denizi 4(天使の衰弱 豊饒の海4)]Yukio Mişima, Can Yayınları, 訳者不明
*三島由紀夫 『近代能楽集』
[Altı Çağdaş No Oyun(現代能楽六選)]Yukio Mişima, Can Yayınları, Zeyyat Selimoğlu訳
*村上春樹 『ねじまき鳥クロニクル』
[Zemberekkuşu'nun Güncesi(ぜんまい鳥の日記)] Murakami Haruki, Doğan Kitapçılık, Nihal Önol訳(仏語版より)
*村上春樹 『ノルウェイの森』
[İmkansızın Şarkısı(不可能の歌)] Murakami Haruki, Doğan Kitapçılık, Nihal Önol訳(仏語版より?)
*よしもとばなな 『キッチン』
[Mutfak(キッチン)] Banana Yoshimoto, Arion Yayınevi, Alev Durucan訳(英語版より)
*よしもとばなな 『TUGUMI』
[Elveda Tsugumi(さよなら、つぐみ)] Banana Yoshimoto, Parantez Yayınları, Avi Pardo訳