『白い城』 【22】 P.51〜53


  


 
 夏の終わりも近いある日、最高占星学者ヒュセイン候の死体がイスティンイェ海岸*1で発見されたと聞いた。 パシャが殺人鬼のための判決を最後には法官から取り付けると、殺人鬼も隠れ家で安心して留まっていられなくなり、サドゥック・パシャは近々死ぬ。その兆しがある、と書いた紙を右に左に送りつけたことで、場所を明らかにしてしまったらしい。 アジア側に逃れようとしている時、刑使たちがその小船に追いつき、その場で溺れ死させてしまったという。 ヒュセイン候の全財産が誰かの手に渡ってしまうと聞いて、ホジャはその文書、蔵書、手帳を手に入れるために手を打った。 つまりこのために、蓄えたお金がいくらあろうとも賄賂に費やしたのである。 ある晩、家に巨大な箱に入れて持ち帰った何千頁分を一週間で消化した後、腹を立てながら私ならこれよりもっと良いものができると言った。


 言ったことを実行する際には、私もホジャを手つだった。 スルタンに献上することにした『生活する動物』『驚くべき創造物』という題名のふたつの論文のために、私はエンポリ*2にある私の家族の家の広大な庭や牧草地で見た美しい馬たちやごく普通のロバ、ウサギやトカゲについてホジャに語って聞かせた。 ホジャが、私の想像力にもいかに限界があることかと言ったので、そこで私は、睡蓮の池にいるヒゲのある西洋ガエルや、シチリア方言で話す青いオウム、交配する前に向かい合って座り、互いの毛づくろいをするリスのことを思い出しながら語った。 スルタンが非常に関心を示したのだが、宮殿の第一庭園のあまりの清潔さのせいで十分に知識を得られなかったテーマである、蟻たちの生活。これが、我々が延々とそれについて注意深く研究した一章となった。


 ホジャは、蟻たちの規律正しく、合理的な生活を文章にしながら、我々が少年スルタンを教育するところを想像していた。 この目的のためには、我々の知る黒アリでは不十分とみなし、アメリカにいる赤アリの規律について語った。 これはまた、アメリカと呼ばれる邪悪な国に住み、その暮らし振りをまったく変えようとしないのろまな現住人の身に降りかかったことについて、哀れかつ教訓的な本を書くという考えをホジャに与えたのだった。 私に詳細を話して聞かせながら、動物と狩猟に夢中な少年王が科学に関心を示さないため、最後にはどのようにスペインのキリスト教徒どものペテンにかけられたかということも書くつもりだと言ったこの本を、察するにホジャは思い切りよく終えることができないでいた。 翼のある水牛や、六本足の雄牛、双頭の蛇をさらに理解できるようにと呼び寄せた細密画職人の描いたものを、我々ふたりともが気に入らなかった。 「実際、昔からこうだった」と言った、ホジャは。 「今はといえば、あらゆるものが三次元で、本物の影付きだ。ほら見てみろ。ごく普通の蟻でさえ自分の影を、背中で双子の片割れを運ぶかのごとく辛抱強く重なりながら運んでいるではないか。」


 スルタンからまったく消息がなかったため、ホジャは論文をパシャの仲介でスルタンに献上することに決めたようだった。 しかし後にこのことを大いに後悔していた。 パシャはホジャに言ったそうだ。 星の学問は詭弁であることを。 最高占星学者ヒュセイン候の等身大以上の大仕事に干渉していることを。 政治的謀略が仕掛けられたことを。 今やヒュセイン候がいなくなって空いている地位を、ホジャもまた欲しているのではないかと疑っていることを。 科学といわれるものを信じたが、それは星にではなく兵器に関してであることを。 最高占星職は縁起の悪い仕事であることを。 その職に就いた皆が皆、最後には殺されるか、もっと悪いことには、ある日突然失踪し居なくなってしまうことが明らかになっていることを。 非常に気に入りその知識に信用を置いているホジャが、そのような理由で、この職に就くことを望んでいないことを。 だいいち新しい最高占星学者は、この仕事を十分できるほど馬鹿で純朴なストゥク候になるはずだということを。 ホジャが、前の最高占星学者の蔵書を手に入れたことを聞いたことを。 この仕事に関心を持たないよう望むことを。 ホジャもパシャに、学問以外のことに関心はないと答えながら、スルタンの手元に届くよう望んだ論文を手渡したという。 その晩、家でホジャは、学問以外のことに関心を持つつもりはないと、しかしこの学問を続けるために必要なことなら何でもやるつもりだと話した。 そして最初の仕事として、パシャに呪いの言葉を吐いたのだった。

*1:ボスフォラス海峡沿い、サルイェル地区に位置する湾の名。エミルガンのすぐ北。

*2:フィレンツェの西に位置し、フィレンツェ県に属する町の名。