『白い城』 【9】 P.23〜24

金角湾へとつづくテオドシウス城壁




 
 朝、自分に似た男の家に行くとき、彼に私が教えられるようなことは何もないと思っていた。 しかし、彼の知識も私のより多いというわけではなさそうだった。 しかも我々の知識は互いに一致してもいた。すなわちすべての問題は、適切な樟脳の混合物を手にすることにかかっていた。 このためにすべきことは、天秤と計量器で測りつつ注意深く用意した混合物に、夜、城壁の奥*1で火をつけ、見たものから結果を引き出すことにあった。 見物している子供たちが夢中になって見守る中、花火職人の男たちに準備した花火を点火させるとき、我々は薄暗い樹々の下に立ちすくみ、不安と興奮のなかで結果を待ったものだった。 ちょうど、ずっと後に、陽の光の下であの信じ難い武器のために研究していた時、やったのと同じように。 その後、ときに月光の下で、ときに薄暗い闇の中で、私は、小さい手帳に我々が見たものを記すよう努めた。 夜別れる前には、金角湾に面したホジャの家に共に戻り、結果についていつまでも話し合った。


 ホジャの家は小さく、窮屈で不快だった。 どこから流れてくるのか永遠に知り得そうもない汚水でドロドロのくねくね曲がった小路から、家の中に入れるようになっていた。 中には、とにかく家財道具というものがなかった。 なのに、家に入ると決まって、心が塞がるような奇妙な圧迫感に囚われるのだった。 おそらくこの感覚は、祖父から受け継いだ名前が気に入らないため、自分を「ホジャ」と呼ばせたがるこの男が私に与えていたのだろう。私を密かに窺っていたのだから。 私から何かの情報を得ようとしているようだったが、同時に、その何かがまるで分からないかのようだった。 壁の隅に敷き廻らされた長椅子に座ることには慣れなかったため、実験のことで議論する際、私は立ったままか、時にはイライラしながら部屋の中を行ったり来たりした。 察するにホジャは気に入っていたのだ、これが。 彼は座っていた。 こうすることで薄暗いランプの光の下であっても、私のことを心ゆくまで眺められたのである。


 自分に向けられたホジャの視線を感じながら、ふたりの相似性に気付いていないような彼の様子に、私は不安になった。 一、二度くらいは似ていることに気づいたはずだ、だのに気付いていないように振るまっているのだと考えた。 ホジャはまるで私を弄んでいるかのようだった。私をささいな実験にかけ、私には理解できない何らかの情報を手に入れているかのようだった。 なぜなら、最初の数日というもの、彼は決まってこんな風に私を見ていたのだ。何がしかの知識を得ているかのように、得れば得るほど関心が高まっていくかのように。 にもかかわらず、この奇妙な知識を深めるための一歩を踏み出すのを、まるで躊躇っているかのようだった。 私に圧迫を与え、家の中を息苦しくしているのはまさに、この中途半端に断たれたような感覚だった。 実のところ、ホジャの弱気に私は鼓舞されたのだが、安心はできなかった。 一度は、実験について話し合っていたとき、また別の時は、なぜまだムスリムにならないのかと尋ねられたとき、なんとなく、私を議論に引き込もうとしているのが分かって、自分を抑えたことがあった。 私が弱気になったのを感じとるや、彼が私のことを見下したのが分かり、これはまた私を怒らせた。 その頃、意見の一致した唯一の話題といえば、たぶんこれ、つまり、ふたりとも互いのことを見下していたということである。 その花火ショーを事故も災難もなく成功裏に準備することができれば、おそらく故国に帰ることを許してくれるだろう、そう考えては自分を抑えていたのだった。

*1:Surdibiとある。テオドシウス城壁の南西端の内側、現在のイェディクレ周辺で長年ゴミ捨て場となっていた一帯だと思われる。