『白い城』 【11】 P.26〜28

金角湾


 

 

 結婚披露祝典の二日目の夜に行ったショーもそうだという。皆がそう褒めた。裏で策略を用いて我々の手から仕事を奪い取ろうとしている敵でさえも。 我々の仕事を金角湾の向こう岸から見物するためにスルタンも来ていると聞いたとき、私はひどく舞い上がった。 何かが間違った方向に向かうのではないか、何年も故国に帰れなくなるのではないかと肝を冷やした。 なので、始めよ、という声を聞いたとき、私は神に祈った。 まずは、来賓たちに挨拶し、ショーの開始に備えるため真っ直ぐに駆け上る無色の花火に火をつけた。 すぐに続いて、ホジャとともに「風車」と名付けた、輪を用いた演出に取り掛かった。空は一瞬にして赤、黄、緑色に染まった。恐ろしいほどの轟音。期待した以上に美しかった。 花火が飛び出すたびに輪は速度を増しながら回った。回り、そして周囲をいちどきに昼間のように明るく照らして止まった。 一瞬、自分がヴェネツィアにいるような気がした。そのとき私は8歳だった。このような花火ショーを生まれて初めて見物しており、そして今同様に不幸だった。というのも、新しく買ってもらった赤い服を、家族は私にではなく、その前日に服を喧嘩で破ってしまった兄に着せてしまったのだった。花火は、あの夜着ることのできなかった、そして二度と着ないと誓った、ボタンのたくさんついた服と同じ赤い色を伴いながら炸裂していた。ボタンまでが、兄には窮屈だったあの服と同じ色だった。


 その後に、噴水と名付けた演出に取り掛かった。男5人分の身長の高さにある骨組みの先端から、炎が流れ出しはじめた。向こう岸にいる人たちには、炎が上がっているのがより鮮明に見えていたはずだ。続いて噴水の口から花火が勢いよくほとばしり始めると、彼らも我々と同じほど興奮したに違いない。だが、その興奮を静めるつもりはなかった。 金角湾上に浮かべたいくつもの筏がかすかに揺れた。 まず、いくつもの厚紙製の塔と砦が、放たれた花火が塔を通り抜ける際、火が点いて燃え上がった。これらはつまり、過去数年の勝利を象徴化しているのだという。 私が奴隷の身に堕ちた年の船を通り抜けるとき、別の船が我々の船の帆に花火の雨を降らせた。 こうして私は、奴隷となった日を追体験したのである。 厚紙船が燃えて沈む時、両岸から、「アッラーハッラー!*1」という叫び声が上がった。次いで我々は、ゆっくりと龍に取り掛かった。いくつもの龍の鼻の穴から、口から、耳から、炎が勢いよくほとばしっていた。 我々はそれらが互いにぶつかり合うよう計らった。我々の計画どおり、最初は拮抗していた。 岸から打ち上げられた花火が、天をさらに赤く染めた。 それから空が少し暗くなったところで、筏の上にいる男たちが歯車を動かしはじめると、龍がゆっくりと空に向かって上昇しはじめた。 すると、驚愕と恐怖に満ちた叫び声が上がった。 龍が大きな音をたててもう一度もつれあったとき、筏に積んであった花火に残らず火が点けられた。 我々の創造した生き物の胴体に隠しこんだ導火線にも、時を同じくして火が付いたに違いない、こうして周囲は、我々の望んだ通り、まさに地獄図へと一変した。 我々が成功を収めたことは、近くにいた子供がワーワー泣き叫ぶのを聞けば分かった。父親が息子の存在も忘れ、口を開けたまま、恐ろしい空を見上げていたのである。 もはや故国に戻ろう、そう私は考えていた。 とそのとき、地獄のただ中に、私が「悪魔」と呼んだ生き物が、その下に誰からも見えない小さく黒い筏を伴って飛び込んだ。 悪魔にあまりに多くの花火を仕掛けたので、男たちもろとも筏という筏が宙に飛んでしまうのではないかと恐れていたが、仕事は順調に進んだ。 ぶつかり合う龍が炎を燃やし尽くしながら姿を消していくとき、悪魔が瞬時に点火された花火を伴って大空に舞い上がった。 次いで、空中で爆音とともに炎が炸裂し、その生き物の胴体全体からいくつもの大砲が放たれた。 一瞬、イスタンブール全体を我々がテロと恐怖の下に沈め込んだかのように思って動揺した。まるで自分まで恐ろしくなったような気分だった。まるで人生でやりたかった事柄にとうとう勇気をふるって取り掛かったような気分だった。まるで自分が今どの街にいるかなど、その時点では何の重要性も持たないかのようだった。 悪魔には、そこでそのまま、あらゆるものの上で、炎を放ちながら一晩中大空にぶら下がったまま留まっていて欲しかった。 わずかに左右に揺れたのち、誰にも触れることなく、両岸の観客全員が歓喜の叫び声を上げるなか、金角湾に降りた。 水に沈むとき悪魔は、身体からまだ炎を放っていた。

*1:Allah Allah!:なんてことだ!という感嘆詞として使われることが多いが、戦闘で突撃時にあげる鬨の声でもある。