『白い城』 【10】 P.24〜26 

アルマゲスト




 
 ある夜、途方もない高さにまで駆け上った花火がもたらした成功に興奮しながら、ホジャは言った。いつか、はるか月にまで届く花火でさえできるだろうと。 問題はただ、それに必要な火薬の混合物を割り出すことと、この火薬を収められる筒を鋳造できることだという。 月はとても遠くにあるのだと説明しかけたのだが、ホジャは私の話を遮って、こう訊き返した。自分も知っているのだ、月がとても遠くにあることは。だが、地球に最も近い星といえば月ではなかったか?と。 私が言い分を認めると、ホジャは思ったほど安心したわけではなく、いっそう不満げになった。が、それ以上のことも言わなかった。


 二日後の真夜中、ホジャはふたたび訊いてきた。 月が一番近い星だということに、お前はどうしてそこまで確信が持てるのか。 たぶん我々は、目の錯覚に囚われているのではないかと。 そこで私は、自分の受けた天文学教育について、初めてホジャに打ち明け、プトレメ(プトレマイオス)の宇宙形状学の基本法則を手短かに説明した。 興味深く耳を傾けている様子は分かったが、ホジャはその興味をはっきり示すようなことを言うのは躊躇っていた。 しばらくして私が黙ると、バトラミウス(プトレマイオス)についてなら自分にも知識があるが、それだって、月よりもっと近くに他の星が存在し得るという問題において、自分の疑いを翻すものではないと言った。 朝になる頃には、ホジャはその星が存在する証拠をすでに手に入れたかのように語っていた。


 翌日ホジャは、ひどい手書き文字で書かれた本を私の手に押し付けた。 私のトルコ語は十分ではなかったが、解読はできた。 アルマゲスト*1の、察するに原書からではなく、別の要約書から書き出した二次要約書であった。 唯一、各惑星のアラビア語表記に興味を惹かれたが、それさえも、その時の私には気に入れそうもなかった。 私がその本を見ても興奮せず、端のほうに押しやってしまったのを見て、ホジャは腹を立てた。 その本には金貨7枚を払ったのだから、私が自惚れを捨て、頁をめくって中に目を走らせるのが本当なのだという。 大人しい生徒のように、我慢してもう一度本を開き頁をめくっていた時、幼稚な略図に出くわした。 地球に比べると各惑星は、簡単な線で描かれた球上にそれぞれ配置されていた。 球の位置は正しかったのだが、球と球の間の秩序に関し、画家には何の思想も見受けられなかった。 次に、月と地球の間にある小さな惑星が私の目に飛び込んできた。 少し注意をすれば、これは手書き本に後から付け加えられたものであることが、インクの新しさから理解できるのだった。 その本を最後まであれこれとめくった後で、ホジャに返した。 ホジャは、あの小さな星を見つけてみせると言ったが、冗談を言っている様子はまるでなかった。 私は何も口にしなかったし、私と同じほど、ホジャにも神経が苛立つほどの沈黙が訪れた。 それ以外のどんな花火も、天文学に話が及ぶほど空高く打ち上げることはできなかったので、その話題が持ち出されることは二度となかった。 我々の収めたささやかな成功は、秘密を手に入れることのできない単なる偶然に留まったのだった。


 それでも、光と炎の強さと輝きに関してはかなり良い結果が得られ、その成功の秘密も我々には分かっていた。 ホジャが一軒一軒探し回ったイスタンブールの小間物屋のひとつで、店主でさえ名前を知らないある粉末を見つけたのだ。 申し分のない輝きを与えるこの黄色味を帯びた粉末と、硫黄と硫酸銅との混合物にすることに決定した。 その後、輝きに色を与えようと、その粉末に考えうるあらゆる物質を混ぜてみた。しかし、どれも大差のない焦茶色とくすんだ緑色より他に手にすることはできなかった。 ホジャの言うには、ここまででも、今までイスタンブールで作られた花火の中で一番の上出来なのだという。

*1:プトレマイオスの主著であり、その中で天動説を解き明かした天文学書として有名。