『白い城』 【17】 P.39〜41 

 

 
 ホジャが再び説明を始めると、パシャは最初はあまり楽しんではいなかったという。 しかも、ほとんど理解できそうにもない知識が複雑に絡まっているせいで、楽しい気分がまたもや削がれてしまったために、不満そうでもあったらしい。 しかしその後、ホジャが暗唱した文章を三度目に聞いて後、模型の地球と星が一、二度クルクルと目の前で回ったのを見て後には、パシャも何ごとかを理解した風になったという。 少なくとも、ぼんやりとした興味を感じ、ホジャの説明したことを注意して聞くようになったらしい。 そこでホジャは、星というものは皆が考えるように、そのようにではなく、このように回るのだと興奮して繰り返したという。 「よろしい」と言ったそうだ、パシャは最後に。 「分かった、そういうことにしておこうじゃないか。そうじゃないという理由もないわけだし」 それでホジャは黙ったそうだ。


 長い沈黙が続いたに違いない、と思った。 窓の外を、金角湾の闇を眺めていたホジャが呟いた。 「なぜ、そこで話を打ち切ったのだ?なぜ、もっと話を先に進めなかったのだ?」 これが質問なら、答えは、私もホジャ同様分からなかった。 おそらくその先にある到達すべきところという件では、ホジャにはひとつの考えがある、と睨んではいたのだが。 が、ホジャは何も言わなかった。 まるで皆が自分に似てないことに不満を抱いているかのようだった。 パシャは、しばらくしてから時計に関心を示し、中を開けさせ、歯車や仕掛けや錘が何の役に立つのか訊いたという。 それから、真っ暗で恐ろしい蛇の穴を掻き回すように、カチカチ音を立てている器具の中に恐る恐る指を突っ込んでは引っ込めたという。 この時ホジャは、時計塔について説明していたらしい。皆が完璧に同じ瞬間に行う礼拝の力というものについて語っていたところ、いきなりパシャが癇癪を起こしてしまったそうだ。「逃がれることだな、奴から!」と言ったそうだ。「毒を盛るなり、解放するなりしろ。楽になれるぞ」 私は一瞬、恐怖と希望に満ちた眼差しでホジャを見つめていたことだろう。 ホジャは、彼らがやるべきことを理解するようになるまで、お前を解放しはしないと言った。


 理解されるべきものとは何なのか、私は訊かなかった。おそらく、ホジャ自身それが分かっていないという事実を知るのを、ある予感によって恐れていたのだ。 それから彼らは、他の事を話し合ったという。 パシャは渋い顔をして、目の前の道具を見下しながら眺めていたという。 パシャがもう一度関心を示してくれるのを期待しつつ、もはやほとんど必要とされていないことを知りながらも、ホジャは遅くなるまで屋敷に留まったらしい。 それから、道具を馬車に積み込ませたそうだ。 馬車の帰ってくる暗くて静かな道の途中にある、ある家の寝床で、寝付かれないでいる人のことを私は想像した。 車輪の立てる騒音の合間に聞こえる、巨大な時計のカチコチいう音を耳にして、気掛かりで仕方なかったことだろう。


 ホジャは、朝日の昇るころまで、立ったままだった。 消えたロウソクの代わりに新しいのに火を点けようとしたが、ホジャは点けさせなかった。私に何か言って欲しがっているのに気付いたので、「パシャは理解してくれるでしょう」と言った。 まだ暗いうちに、これは言ったはずだった。 おそらくホジャも知っていたであろう、私がそれを信じてはいないことは。 が、少しして返事をしてきた。 やるべきことは、パシャが話を打ち切ったあの瞬間の秘密を解くことにあるという。


 この秘密を解くための最初の機会として、ホジャはパシャのもとへ出掛けた。 パシャは、今度は陽気にホジャに応対したそうだ。 あの日の出来事、ないしホジャの意図は了解したと言ったらしい。 そうホジャを喜ばせてから、何らかの兵器のために研究するよう唆したという。「我らの敵にとって、世界を牢獄に変えてしまう兵器を!」こう言ったそうだ。が、この兵器がどのようなものかは言わなかったという。 科学への関心をこの方向に傾ければ、その時はほらこのように、パシャはホジャを支持してくれるらしい。 当然、我々の期待した報酬についてはまったく触れなかったという。 ただホジャにだけ、銀貨の詰まった袋を与えたそうだ。 家で開けて一緒に数えたら、17枚だった。奇妙な数字ではないか! 少年スルタンを、ホジャの話に耳を傾けさせるようそそのかそうと、この袋を与えた後で言ったそうだ。 少年が「このようなもの」に関心を持っていることを説明したという。 私にしても、簡単に希望を抱いてしまうホジャにしても、こんな言葉で意欲に満たされることはなかったが、一週間後には連絡があった。 パシャが我々を、私をも、そう、イフタル*1の後にスルタンに謁見させるつもりだという。

*1:日没後、最初にとることのできる断食明けの食事、ないしはその時刻。