『白い城』 【13】 P.30〜32

 
 これほど急に決められるわけがない、そう思っていた。 ふたりは私を憐れみながら見ていた。私は何も言わなかった。せめて、もう二度と訊いてくれるなと思っていたのに、少したってまた訊かれた。 こうして私の信仰は、そのためなら簡単に命を捨てられるようなものになってしまったように思えた。 私は、一方では自分を大切に思いながらも、もう一方では、問い質すたびに改宗を強いるあのふたりと同じくらい自分を憐れんでもいた。 何か他のことを考えるよう自分に強いると、目の前に、自宅の裏庭に面した窓から見えたものたちが生き生きと姿を現した。 机の上にある螺鈿の盆の中には、桃とサクランボが載っていた。 机の後ろには葦で編まれた椅子があり、その上には窓枠の緑色と同じ色をした鳥の羽毛入りのクッションが置かれていた。 さらに後ろには、端の方にスズメの拵えた孔のあるオリーブとサクランボの樹々が見えていた。 それらの樹々の間にあるクルミの樹の高い枝に長い紐を結んで拵えたブランコが、ほとんど感じられないほどの風で、かすかにかすかに揺れていた。 もう一度訊かれた時、信仰を変えることはできないと答えた。 そこには一本の切り株があった。ふたりは私の膝を折り曲げさせ、頭をその上に載せた。 最初は目を閉じたが、その後で開けた。 ひとりが斧を手に取った。 もうひとりは、ひょっとして後悔しているのだろうと訊いた。 ふたりは私の身体を真っ直ぐ起こさせた。 もう少しよく考えるべきだというのだ。


 私が考えている間、ふたりは切り株のすぐ脇に穴を掘り始めた。 すぐにそこに埋められてしまうのかと思うと、私の心の内に死の恐怖と、もうひとつ生き埋めの恐怖が目覚めた。 ふたりが墓穴を掘り終えてしまうまでに決心しようと思っていたのだが、小さな穴を掘るとすぐに私のところにやってきた。 その時はじめて、この場で死ぬなんてなんと愚かなことだろうと思った。 ムスリムになろうという気になったが、その時間はなかった。 牢獄へ、とうに慣れてしまった愛しき独房へ戻りさえすれば、一晩じゅう座って考え、朝になるまでには信仰を変える決断を下すことができるのに。だが今すぐではないのだ。


 ふたりはすぐに私を捕まえて連れて行き、跪かせた。 頭を切り株にのせる前、樹々の間を飛ぶように通り過ぎて行った人間を見て、私は驚いた。自分が顎ひげを伸ばし、あんなところで、足を地面につけずに静かに歩いているとは。 樹々の間を通り過ぎていった自分の幻に声を掛けようと思ったが、声が出なかった。頭が切り株に押し付けられていたからだ。 その時になって私は、近付きつつあるものは眠りと何ら違わないのだと考えつつ、自ら身を投げ出し待った。 首すじと背中が冷たかった。 考えたくはなかったが、凍えながら考えていた。 やがて、ふたりは私の身体を起こすと小言を言った。パシャはひどくご立腹になられるだろうと。その場で両手の縄を解くとき、私を非難した。お前はアッラームハンマドの敵だと。 私は上に、屋敷に連れて行かれた。


 パシャは着物の裾に接吻させてから、私の気持ちを和らげようとした。命を犠牲にしても信仰を変えなかったとは、お前のことを気に入った、と言ったすぐ後で、今度は罵りはじめた。 お前はつまらないことに強情を張っている。しかも、イスラム教の方がはるかに偉大な宗教であるというのに、等など。 話をすればするだけ、パシャはいっそう腹を立て、お前を処罰することに決めたという。 そしてある者に約束をしたのだと説明し始めた。この約束が、私の身に降りかかるだろう最悪の事態から私を救ってくれたことは理解していた。 ついに、パシャが約束したという男が―その説明から変わった人物であることは分かったのだが―ホジャだということを私は了解した。 と同時にパシャは、私をホジャに褒美として贈ったことを白状した。 私は最初、何一つ理解できずにパシャの顔を見つめていた。そこで、パシャが説明した。お前はすでにホジャの奴隷なのだ。ホジャに書類も渡したし、お前を解放するか否かは、ホジャの裁量次第だ。これから先、ホジャがお前に何をしようと勝手なのだと。 パシャは部屋を出るとどこかへ行ってしまった。