『白い城』 【28】 P.66〜68


   



 まず最初に、兄弟や母親、祖母と一緒に、エンポリの農園で過ごしたあの美しい日々を説明する数頁を書き上げた。 私がなぜ私なのかを理解するために、これらを説明することをなぜ選択したのかは、はっきり言って分からなかった。 おそらく失ってしまったあの美しい日々に対して感じているに違いない郷愁からであったろう。 その上、怒りにまかせて言ったあの必要ない言葉の後で、ホジャがあそこまで私に無理強いしたので、まさに今私がやっているように、詳細を気に入ってもらえるよう心掛けながら、読み手を信用させるような何かを想像して書かねばならなかった。 しかし最初、ホジャは私の書いたものを気に入らなかった。 誰でも考えれば書けるようなものだという、こんなものは。 鏡を見つめながら考えて書かれたものがこれだとは思えないという。 私がホジャに欠けていると見た勇気は、これではありえないからだという。 父親や兄弟と出掛けた狩りの最中、私の前に現れた一頭のアルプス熊と目と目が合い、いかに長いこと見つめ合っていたか、そして、私たちの目の前で自分の馬に踏み潰された後、自分の寝床で死んだ愛すべき御者のために私が何を感じたか、というくだりを読み上げたときも、ホジャは同じ反応を示した。 誰でも書けるという、こんなものは。


 そこで私は、あの国で皆がやっていることも、これ以上ではないと言った。 まず口から出てきた言葉は、怒りにまかせて言った誇張であった。これ以上のものをホジャは私に期待すべきではなかった。 しかし、彼は私の言うことなど聞かなかった。 私は部屋に閉じ込められるのを恐れたために、想像したことを書き続けた。 こうして二ヶ月間で、この種の些細な、しかし思い出すのが心地よい思い出の堆積を、愉しみと悲しみとともにもう一度作り上げ、入念に目を通した。 捕虜になるまでに私が味わったに違いない良いことも悪いことも、何であろうが想像し、そして味わった。 終いには、自分がこの作業を愉しんでいるのに気付いた。 もはや書くために、ホジャが私を無理強いする必要もなかった。 彼が欲しいのはこんなものではないと言うたびに、前もって書こうと決めていたまったく別の思い出、別の物語に切り替えた。

 
 長いこと経って後、ホジャも私の書いたものを読むのを愉しんでいるのに気付くと、私は、彼をこの作業に引き込むタイミングを窺いはじめた。 それを準備するため、子供時代の体験のいくつかを語った。 永遠に続くかと思われた眠れぬ一夜の恐怖を、同じ瞬間に同じことを考える癖を互いに身に付けた青春時代の友達に感じる親近感を、それからその友達の死と、私も死んだと思われて友達と一緒に生きながらにして埋められる恐怖を語った。 ホジャがこれらを気に入るのは分かっていた! 少しして後、思い切ってある夢について語ることにした。 胴体が私に決別し、闇の中で、顔の見えないそっくり人間と話をつける。 そしてふたりして私に対峙して一致協力するのである。 ホジャも、その頃には、あの滑稽な繰り返し文句が、今また、さらに頻繁に聞こえるようになったと言っていた。 私の望んだとおり、ホジャが夢に影響を受けたのを見て、この手の執筆作業を彼も試してみるべきだと私は主張した。 これにより、この際限のない期待から逃れられると同時に、馬鹿者どもと彼自身を区別する本当の境界線を見出せるはずだった。 ホジャはときおり宮廷から呼ばれていたが、希望を抱かせるような進展はまったくなかった。 彼は、最初は少しためらった。が私が強いると、心配しつつかつ恥を忍びつつ、試してみようと言った。 滑稽に思われるのを恐れたため、冗談まで言って。 一緒に書いたように、鏡も一緒に見ようか?と。


 一緒に書く、というが、私と同じ机に座りたがるだろうとはまったく思いも寄らなかった。 ホジャが書き始めれば、私は怠惰な奴隷の無職ゆえの自由さにもう一度戻れるだろうと思っていた。が、間違っていた。 机の両端に座って、向かい合って書く必要があるとホジャは言った。 この危うい課題に対し、ともすれば怠けたがる我々の知性は、せめてそうすることで機能するのだという。仕事と規律の感覚は、せめてこうすることでお互いに示せるのだという。 しかし、これらは言い訳だ。と、私は知っていた。 独りきりになることが、考えるとき独りきりだと感じるのが怖いのだ。 彼が白紙と顔を付き合わせるとき、私に聞こえるようにぶつぶつ独り言を始めることからも それが分かった。 自分の書きたいと思ったものを、私があらかじめ認めてくれることを期待していた。 ひとつ、ふたつの文を書きなぐった後で、子供っぽい謙虚さを思わせる虚栄心の足りなさと心配とともに、書いたものを私に見せるようになった。 が、書くだけの価値があるのだろうか?いったいこんなものに? もちろん私は、それを認めていたのである。