翻訳企画書持込みを目指して(1)〜作品を選ぶ

 昨年末、翻訳仕事に関し、今年度の目標を立てた。
 実務翻訳はさておき、文芸翻訳の分野では、出版社へ翻訳企画を持ち込みたいと思えるような作品を選び、企画書+部分訳(最低でも本文の3分の1)を3ヶ月で仕上げるという、従来の自分の翻訳スピードからいえばなかなかに厳しい目標である。

 作品のジャンルはエンターテインメント性の強い歴史小説で、読者層のはっきりとしたもの。舞台は当然トルコ。時代は古代、あるいは近世あたり。


 トルコを舞台とした歴史小説、時代小説といえば、オルハン・パムックの『わたしの名は紅』や夢枕獏の『シナン』がここ1〜2年で俄かに注目を浴びた。片やトルコ人初のノーベル賞受賞作家であり、片や日本を代表する人気伝奇・SF作家による珍しいトルコものである。ネームバリューはもちろん、実験的小説形式や見事な筆運びが人気を博す要因となったのは間違いないだろうが、小説の舞台としてはいまだ珍しいオスマン帝国時代が物語の舞台となっていることも、否定のできぬ一要因ではないかと睨んでいる。折りしも昨年夏以来、日本各主要都市において、『トプカプ宮殿の至宝展〜オスマン帝国と時代を彩った女性たち』という展覧会が開催され、オスマン帝国の歴史とその栄華、スルタンの暮らしぶりやハーレムの女性たちへの注目と関心が高まったこともそれに拍車をかけたと思われる。

 拙ブログを偶然にせよ訪問してくださる方々の中にも、イェニチェリやヒュッレム・スルタン、イブラヒム・パシャというキーワードを手掛かりに検索サイトから飛んでいらっしゃる方が少なくない。オスマン帝国に活躍し、一時代を代表し、良し悪しを問わず名を残した人物たちに関心を抱く読者層がすでに少なからず存在し、また新たに育ちつつあることを、個人レベルでも実感しているところである。


 このような市場を前提に、私自身、一旦はオスマン時代を舞台とした歴史小説に的を絞り、片っ端から何冊も取り寄せてみた。ブログでご紹介した作品以外にも、タイトルすら紹介しきれていない作品が手元にはたくさん積まれている。しかし、取り寄せても取り寄せても、なかなか「これ」という作品に出会えないことに業を煮やし、いっそ時代を一気に古代にまで遡り、ヒッタイトを舞台とした作品で、とも考えた。が、登場人物があまり魅力的に描かれていないこと、またヒッタイト研究が盛んなだけに原著がドイツ語作品になってしまうため、重訳(ドイツ語→トルコ語→日本語)にならざるを得ないというのがどうも腑に落ちなかった。重訳がどこまで原著を反映しうるものか(次回のブログでは、このテーマで訳文を検証してみるつもりである)、もともと懐疑的であったのだが、実際に重訳を試み、上がった訳文を比較検証してみることで諦めがついた。こうして紆余曲折の末に、再びオスマン時代へと時代を下ってきたのだった。


 というわけで、今年に入ってから、自分なりに及第点を出した一冊の作品を訳出中(現在、目標ページの半分までの下訳は終了)である。我ながら訳して愉しく、読んで楽しい作品になりつつあるのは嬉しいが、途中で中断を余儀なくされたので、これから大急ぎで挽回しなければならない。4月一杯で下訳を完了させ、5月中には企画書そのものを完成させたい、というのが現時点での目標である。