『白い城』 【6】 P.17〜19 

宮廷の使用人たち

 

 まずは広間に通された。 そこで待っていると、部屋のひとつに招き入れられた。 小さな安楽椅子に小柄で感じの良い男が、上に毛布をかけて横になっていた。 その傍には、大柄な別の人間がいた。 横になっているのがパシャらしく、私を傍らに呼び寄せ、話を交わした。 パシャが少し質問した。 私がもともとは天文学と数学、工学を少し学んだこと、しかし医学にも通じており、たくさんの人を回復させたことを説明した。 パシャはさらに質問し、私ももっと説明するつもりだったのだが、トルコ語をこれほど早く覚えたところをみると、お前は頭の良い者に違いないと言いながら、パシャは言葉を付け加えた。 持病があるのだが、他の医者たちの誰一人、治療法を見つけられなかった。 私のことを耳にしたので、試してみたかったのだ、という。

 
 パシャがそんな風に持病の説明を始めたので、これは敵がパシャの誹謗中傷をしてアッラーを騙したために、地球上で唯一パシャだけが罹った特殊な病気だと考えざるを得なかった。 ところが持病はというと、我々のよく知っている喘息だった。 入念に問診し、咳の音に耳を澄ませた。 その後、厨房に下りて行き、そこにある物でハッカ入りの緑色の丸薬を作り、もうひとつ咳止めシロップも用意した。 パシャは毒を盛られるのを恐れたので、シロップを一口、丸薬のうちのひとつを私が飲み込んで見せた。 誰にも見られないうちに注意して屋敷を出、牢に戻るように言われた。 これは奴隷番に後で聞いたのだが、パシャは他の医者たちの妬みを買いたくなかったのだそうだ。 その翌日も呼ばれて行った。 咳の音を聞き、同じ薬を与えた。 掌に握らせた色付きの丸薬をパシャは子供のように気に入っていた。 牢に戻ると、どうか良くなるようにと祈り続けた。 その次の日、北東風が吹いた。 そよそよとした爽やかな風。 人は望まずともこのような天気では良くなるものだ、と思っていた。 しかし私を呼び出す者は誰もいなかった。

 
 一ヵ月後、またもや真夜中に呼ばれて行くと、パシャは立ち上がって動き回っていた。 らくらくと息をし、誰かを咎める声を聞いて私は喜んだ。 私を見て満足げに、お前のおかげで病気から回復した、お前はいい医者だと言った。 パシャから私は何を望んでいるのか? 私をすぐに解放し、故国へ送り返してくれないだろうことは分かっていた。 代わりに、いまだに独房や鎖に繋がれていると不平を述べた。 医学と天文学と科学に従事し、あなた方の手助けができるだろうと言った。 重労働で必要もなく疲れさせられていると訴えた。 どこまで聞いてくれ、どこから聞いてくれなかったかは分からない。 布袋に入れて渡された金の大部分を、またも看守たちは私の手から奪っていった。


 一週間後のある夜やってきた奴隷番は、私に逃げ出さないと誓わせてから鎖を解いてくれた。 ふたたび労役に連れ出されようとしていたが、奴隷頭たちは私を庇ってくれるようになっていた。 三日後、奴隷番が私に新しい服を持ってきてくれたことで、パシャが私の庇護者となったことを了解した。


 夜になるとまた、さまざまな屋敷から呼び出された。 リューマチを患う年老いた元海賊や、胃が焼け付くように痛む若い兵士には薬を与え、痒みを訴える者や、顔色の悪い者、頭痛持ちの者には血を抜いてやった。 一度など、ある下男のどもりの息子にシロップを飲ませたところ、一週間後にはっきりと話せるようになり、私のために詩を詠んでくれたこともあった。