植字工は語る
『TEMPO』最新号(2006年10月19日号)の記事によると、オルハン・パムックはいまだに原稿を、若い頃から使い慣れたブロックノート*1に手書きで書いているらしい。
■オルハン・パムック作品の植字工*2 ヒュスニュ・アッバス(Hüsnü Abbas)は語る
オルハン・パムックの作品は、最初に彼が読む。しかも作品を書き終えたところで、パムックはすぐに彼に電話をし、意見を求める。彼は、『新しい人生(Yeni Hayat)』が最も気に入ったという。作品を活字に起こすとき、ときどき段落ひとつに何分間も引き止められたことを覚えている。オルハン・パムックが50歳の誕生日を舟の上で祝ったとき、彼も招待したという。パムックのことを紹介するよう求められたとき、躊躇うことなく彼は、「パムックは文学の天才だよ」という。最近はパムックの最新作『無実の博物館(Masumiyet Müzesi)』*3の活字起こしをしている。しかも活字に起こしながら、あまりに楽しんでしまうので、仕事場でなく自宅で夜、仕事する方を選ぶ。我々の依頼で仕事場に持参してきたパムックの原稿をいとおしむように見る。ノーベル賞を受賞したことを聞いて、電話をかける代わりに、「ヤッホーーッ!」とメールを打ったという。「見て微笑んだことは分かってる」という。
Q.パムックはなぜ手書きで書くのでしょう?
長年の習慣ですよ。その方が楽なんでしょう。テクノロジーには移行できてないんです、一切。手書きで書くことには感情的一面があるんだと思いますよ、たぶん彼にとっては。
Q.今までに誰の本を活字にしましたか?
およそ2000冊の本を活字にしました。ですが、あまり残っていないですね、手書きの人は。ムラット・ベルゲとオルハン・パムックだけが、手書きで送ってくるんです。パソコンで送られてきたものを読むのも好きですけれどね。
Q.活字にしながら校正することもありますか?
スペルの間違いは直します。オルハン・パムックは、私がスペルの間違いを直すのを喜んでくれますし。パムックの作品は、スパイラル・リング付きのブロックノートに書かれて送られてくるんですが、あなた方も最新作『無実の博物館(Masumiyet Müzesi)』のノートをご覧になってお分かりのように、驚くほど入り乱れた状態で来るんです。毎度のようにブロックノートに書いてある理由は、気に入らなかったページをすぐに破って捨てられるからです。時には、一段落すべて真っ黒に塗りつぶすこともあります。間から下の方に矢印でひっぱってきて文章を続けたり。段落の位置を交換することもあります。
Q.読まなかった箇所もありますか?
めったにないですね。というのも、私は書く目的のためだけじゃなく、読む目的でも見てるんですよ、その段落を。どうしても納得できないときは電話をかけて話します。
Q.真っ黒に塗りつぶされて、上から線を引かれた文章も、興味を持って読みますか?
いいえ。
Q.それはなぜ?
作品の全体イメージを壊すことを恐れてるんです。
Q.パムックは作品をどこで書きますか?あなたのところには、全部揃った状態で来るんですか?
ヘイベリアダ*4で書きます。その間は誰とも会いません。娘とさえあまり会わないんですよ、書いてるときは。側で働いている者がいます。必要なことは彼らがやってくれるんです。ひとつの作品が私のところに届くまで、6ヶ月はかかります。ブロックノート一冊が終わると、送ってきます。おそらく、それから1ヶ月くらい経った頃、次のブロックノートが届きます。ほら、私の手元にあるノートに日付が打ってある。2004年に書き始めたようですね。島にいるとき彼は誰とも話そうとしないんですが、私とは必ず話してくれます。私は、彼がイレティシム出版に移行してから今日まで、『新しい人生』と『私の名は紅』、『雪』の活字起こしをしました。
Q.パムックと作品についてオシャベリすることは?
彼の作品を読む最初の人間が私なんです。これは大事です。私にとっても、彼にとっても・・・。作品を活字にしているまさにその時、電話をかけてきて訊くんです。「どう思った?気に入ったかい?」って。頭の回転のものすごく速い作家です。もちろん、彼の書いたものすべてが気に入っています。時々、作品を活字にしている時そんな瞬間があるんですが、書くのを放りだして、ある段落を何度も何度も後戻りしては読み返すことがあります。さらには作品から言葉を抜き出して、仕事仲間に大きな声で読み聞かせてやることもあります。私が良い読者だということは、パムックも分かっています。人との間にかなり距離を置く男です。誰とでも会うわけじゃない。だけど、連絡はきちんととる。もちろん、しょっちゅう会えるわけではないですが。50歳を舟の上で祝ったとき、ごく少数の人間とならんで、私のことも妻と一緒に招待してくれましたよ。
Q.オルハン・パムックの関係者の一人として、彼のことをどのように私たちに語ってくれますか?
文学の天才として見ています、彼のことは。この賞をだてにとったわけじゃないですよ。
Q.最新作『無実の博物館』は、どのような状態にありますか?
あなた方がご覧になった、私の手元にあるブロックノートの中です。この作品も、とても気に入りました。自宅に持ち帰る唯一の仕事が、オルハン・パムックの作品なんです。自宅に持ち帰り、のんびりリラックスして、いい気分で楽しみつつ、読んでは書き読んでは書くのが好きなんです。手元にはブロックノートが4冊ありますが、一冊のブロックノートを終えるのに、大体2時間かかります。
Q.ここ2日ほどの間に電話をかけて相談する必要がありましたか?
ええ。ですが、話はしませんでした。いくつかの段落の頭に、白抜きの丸(○)の中央に点(・)を置く記号を書いてるんです。何の意味なのか、どうしてそれらの段落の頭にその記号があるのか分からなかったんです。以前は、どの作品でもやらなかったことですから。
Q.問題は何だったんですか?
それを私が話すのは間違ってますよ。
Q.一番気に入った、何度も何度も読んだ作品はどれですか?
『新しい人生』です。とても気に入りました。
Q.どの部分が一番気に入りましたか?
覚えてないんです、本当に。
(ここでヒュスニュ氏の仕事仲間の一人が話に割って入る。“特に『新しい人生』のときは、彼、繰り返し私たちに段落を読んで聞かせたんですよ。それほど気に入ったらしくて、原稿はここに置いておかずに、とにかく全部自宅で書いてるんですよ”)
Q.彼は手書き原稿を戻して欲しがりますか?
彼は特にそういう希望はしていないですが、私たちはパソコンで書き上げた原稿と一緒に送り返すようにしています。イレティシム出版はきちんと仕事をするところなんです。ちょうどひとつの家みたいで。規則も人間的なものですし。皆が何をすべきかとてもよく分かっているんです。
Q.ノーベル賞をとって、彼に電話をしましたか?
しませんでした。とても忙しくて話せなんかないですよ。ですが、見てくれるだろうと彼には「ヤッホーーッ!」っていうメッセージを打ちました。受け取って微笑んでくれたことは分かってます。
(『TEMPO』2006年10月19日号、P.22〜23)